【二】田畑にぷっかり浮かぶ実吉家
「お手伝いします」
でっかい流しのある台所でテキパキはたらくサイコに、滑川セラがすすみでた。
「そうか、じゃあイリコのアタマとハラを取ってくれ。身も二つに割って。やり方は判るか?」
「はい」
そつなく言いつけをこなし、うまいこと助手の座におさまる。
「あの、おれも手伝えるけど」
シイナが首をつっこむと、
「男は台所に入ってくんな。ここは女の聖地。チンチンついてる奴はあっちいけ」
こっちはさも邪魔そうにおっぱらわれた。
滑川セラにクスクス笑われたのが恥ずかしくて、シイナは真っ赤になってすねる。
「ただいま。なんだお前ら。夕飯食べてくのか?」
カンヂが保育園から園児六人を連れてもどってきた。
たちまち女子がむらがって、幼児たちをなでたり抱きあげたりしだす。
「オメーのネーチャンが、食ってかねえと殴るって」
「サイコは本気で殴るからな。怒らせるなよ」
「シイナが、チンチンついてる奴はでてけって」
「うっせーハセ死ね」
「おれが手伝っても同じこと言われる。滑川は帰ったのか?」
「台所」
カンヂがおどろいて暖簾の向こうをのぞいた。
「追いだされなかったのか? すごいな滑川。うちの妹たちも手伝わせてもらえないのに」
話し声、ときどき笑い声も聞こえてくる。
女二人は仲よくやっているようだった。
そのうち大きい妹二人と弟も帰ってきて、さらに離れの叔母と兄弟姉妹たちも顔をだし、家の中はいっぺんにニギヤカになる。
「すっげ、おまえんちいっつもこんなんかよ」
「いつもはお前らがいないぞ」
「ちげーっての。カンヂお前、ほんっとヘンなヤツ、いて!」
シイナの背中を、従妹の幼稚園児サナがけっぽった。
サナはそのままカンヂの膝のうえにおさまり、シイナにメチャメチャでっかいアカンベーする。
「なんだよいってーな」
「カンちゃんはサナのヒーローだかんね。怒らすと怖いよ」
叔母のトシコが言うと、家族みんなが大笑いする。
人前で幼子に手を上げるわけにもいかず、さりとてカンヂに文句も言えず、シイナはふくれっ面で黙りこんだ。
正座した膝の上でサナをあやすカンヂは、学校じゃ見せないような優しい笑顔で、シイナは余計にむっつりした。
「飯が出来たぞお前ら。テーブルをあけろ。女手は皿を出すの手伝え。チンチンついてるヤツらは口あけてエサ待ってろ」
大皿がドカリドカリとテーブルをしめる。
「すっげーなんじゃこれ。お盆みてえ」
各々に小皿は回ったが、飯と汁の椀はまだ伏せられたままだ。
「なあ、まだ食わねえの?」
シイナが小声で耳うちする。
「親父が帰ってきてからだ」
「まじかよ。おれもー死にそーハラ減った」
「ぶわか」
サナが憎ったらしくいった。
「ぶわー、か」
またいった。
「サナ。人をそんなふうに言っちゃいけない」
一応さとしてみせるカンヂだが、頭をなでながら優しく言うので、サナは得意になるばかり。
それどころか、カンヂの首ったまにかじりついて抱きしめてもらい、クスクス笑ってさえいる。
「勝手にしろ。あああ、ハラへったよぉ」
怒るのもバカらしくなり、シイナがでっかく泣きごとをもらすと、またサナが
「ぶわーか」
とべーした。
それから十分ほどして実吉家の家長が、嫁母親をともなって帰ってきた。
飯と味噌汁が配られ、イタダキマスの声とともに少年少女たちがいっせいに大皿へ食らいつく。
あとはもう、しっちゃかめっちゃかだ。
育ち盛りたちは腹に食いもんつめこむのに精一杯で幼児は揚げ物つかんであそぶし親とか年かさの子がそれをしかると面白がってほかの子もマネしだす。
気がつきゃはなれのダンナも帰ってきててしかもトモダチ連れてくるしでオトナは酒が入って食事の場と思っていたのにいつの間にか酒盛りになってる。
「すご、いっつもこんななの?」
「いや、今日はちょっとだけやかましい。サナ、ご飯きちんと食べて」
カンヂの膝を定位置にして、サナは口につめこまれた焼き魚で口のまわりをベトベトにしている。
滑川セラとかほかの人間が「あーん」をしても見むきもしない。
自分にモノを食わせる権利があるのはカンヂ一人だといわんばかり。
いつの間にやら兄弟たちと班員は、一緒くたになってカードであそんでいる。
「どうした。食べないのか?」
「ああ、もうハラいっぱい」
シイナがムッツリだまっているので声をかけると、メンドクサそうに答えた。
まわりが盛りあがれば盛りあがるほど、シイナの気はふさぐようだ。
「カンヂ、風呂が沸いた。どうする?」
「ああ。お前らどうする。うちで風呂に入っていくか?」
同級生たちは顔を見あわせてためらうが、
「ううん。今日はもう帰る。おじゃましました」
滑川セラが立ちあがり、それでお開きとなった。
夕闇にしずみゆく道を歩みながら、四班の面々は話に花がさいていた。
「愛されてるよねー、実吉君」
滑川サラが、感きわまっていう。
見送りに出ていたカンヂは不思議そうにそれを見、
「そうか?」
「そうよ。私一杯きかれたもん。サイコさんに、実吉君のこと。多分それききたくて、水仕事手伝わせてくれたんだよ」
「つかナメ、愛してるって」
「ばあか、愛されてるって言ったのよ。ナメって言うな」
「お前は愛されてないのか?」
明かりもろくにない田んぼのあぜ道で、カンヂはバカマジメな顔で問う。
「愛されてないってわけじゃないけど、」
滑川セラは言葉をにごす。
「あんなに愛されては、ないよ。だって家族みんなが実吉君のこと好きじゃない。お隣の家族も、サナちゃんチョーかわいい」
「サイコさんもチョーキレー、ねー」
「似てないよねー、一人だけすっごい美形」
「おれとは血がつながってないからな。サイコは母さんの連れ子だ。オヤジは再婚してるんだ」
みんながしんとして足をとめる。
「サイコの前であんまり言うなよ。アイツ気にするんだ」
「ゴメン」
「なにが?」
「なんか、悪いこときいた」
「言ったのはおれだ。それが悪いってのなら、一番悪いのはおれだ」
「だけどそれって、」
横いりしてシイナ。
「ニセモノの家族ってコトじゃねえ? お前ら、ウソの家族じゃん」
その言葉がおわるまえに、カンヂがまっすぐシイナにつめよって顔がぶつかりそうになるまでデコをよせる。
「おれたちはウソの家族なんかじゃない。母さんはおれの母親じゃないけどウソの母親じゃない。おれは母さんもサイコも好きだし、みんなそうだ。そもそもホントの家族ってなんだ? 夫婦って他人どうしでなるもんだろう。親と子だけが家族じゃない。トシコさんもシンゴさんもサイコもタカキもサナもみんなおれの家族だ」
カンヂがにらみつけたままひと息にまくしたてた。
シイナはその目を見かえせなかった。