【一九】サイコがカンヂを戦友とする意味
少しはひかえたほうがいいかと考えたが、結局カンヂは毎日シイナの見舞いにいった。
顔を見せる度にシイナがうれしそうにするので、母親の言葉は無視することにした。
カンヂが親しいのはシイナであって、シイナの母親ではない。
「なー、ガッコーで俺のことなんて言ってる?」
「お前のクラスのことは知らんが、美術部の女子たちはさびしそうにしていたぞ。昨日見舞いにきたんだろう?」
「ああ、うん見舞いもってきた。そこ冷蔵庫ケーキはいってる。食うか?」
「もらう。で、体のこと言ったのか?」
シイナは首をふる。
「そうか。シイナ、茶をくれ」
「おま、病人つかうなよ」
「ずっとベッドに寝てるのもよくないらしいぞ。食ったらちょっと歩こう。セミが鳴きはじめてる」
「セミって、何でセミだよ」
ぶーたれながらも、シイナはやっぱりカンヂについてきた。
病院の敷地内にあるスロープと手すりつきの、丁寧にととのえられた緑の遊歩道を二人で歩く。
さんさんと光ふる太陽、背のたかい夏ツバキが白い花をひろげてて、目にまばゆい。
「なー、カンヂんち、なんか面白いことあったか?」
ぶらぶらと歩きながら、シイナが話しかけてくる。
「うーん、そうだな。ああ、サナに彼氏ができたぞ」
「サナってあのナマイキなチビ? まじで? おまえ立場ねーじゃん」
「小学校に上がって、クラスのスズキ君が好きになったそうだ。かしこいそうだぞ、スズキ君」
「なんだよスズキって、さえねー名前。おま、くやしくねーのかよ。愛をとりかえせよ」
いつもよりシイナのノリがいい。
病院ぐらしも一週間ちかくなって会話に飢えてるんだろう。
「スズキ君がサナを泣かしたらまた助けにいくよ。なんせ俺はサナのヒーローだからな」
「もしかして前にも助けた? それでヒーローなのか?」
「ああ。ミチヒロって近所のワルガキにサナが目をつけられてな。どやしつけておっぱらってやった。その日からサナが俺と結婚するって言いだした」
「すげー求婚されてんじゃん。ホンモノのロリコンじゃん」
「まあな。サナのためなら命もすてる」
シイナがバカみたいに笑う。
それから神妙な顔つきになって、
「なあ、お前ねーちゃん、お前のこと戦友っつってたじゃん?」
「ああ。サイコな」
「あれ、どういう意味?」
カンヂは、カンヂにしてはめずらしく言いにくそうにしている。
しばらくうなり、それから意を決し話しはじめた。
「親父が再婚したのは、俺が小学三年生のときだった。他の子はまだ保育園がよいだったから、それをどう受けとめてたのかはしらん。俺は急にやってきた女たちが、うーん、なんていえばいいかな、とにかく嫌だよイヤだったんだ。あ、女ってのは、母さんとサイコな」
「うん」
「俺にとっちゃ母さんは死んじゃった前の母さんで、その母さんが死んで一年もたってないうちにやってきて母親づらされるのはたまらなかったし、何よりサイコだ。あいつは最初っからえらそうで、しかもたよりがいがあった。俺なんかよりずっと」
「うん」
「俺は、だから自分の居場所がなくなると思ったんだな、たぶん。長男だったし、みんなの規範にならなきゃと思ってたし。今思いかえすとそうだ。きかれなきゃはっきりと分からなかったな。それでだ。俺はサイコに決闘をもうしこんだ」
「決闘!」
シイナが笑いだす。
「笑うな。当時俺は真剣だった。負けたら死んでもいいと思ってた。ちがうな、負けるぐらいなら死んだほうがましと思ったんだ。当時サイコは六年生で、体格じゃ完全に負けてた。だけど、俺はやらなくちゃいけなかった」
カンヂはこわいぐらい真面目にしゃべる。
シイナは気迫にのまれ、笑いを引っこめた。
「俺はサイコを公園によびだし、殴りあった。俺も本気だったが、サイコも本気だった。一切手かげんしなかった。二人とも鼻血まみれで、わけわかんなかったな。気がついたら布団に寝かされてて、おれは負けたことをしった。仏間で、横にはサイコがいて、泣いてた」
木立ちの間を風が駆けぬけ、カンヂのかたい前髪がゆれる。
「サイコは、自分の負けだといった。自分は居候だから、俺を傷つけちゃいけなかったと言った。そんときやっとわかったんだ。サイコも俺といっしょで、自分の居場所をなんとかつくりたかっただけなんだって」
カンヂが足を止める。
「俺はバカだったと思ったから、すぐにサイコにあやまった。サイコも俺にあやまった。俺たちは父さんと母さんからしこたま怒られた。無理やり握手させられたときは、てれくさかった。それからサイコは、俺は弟だけど、オトコらしく戦ったから自分と同等の人間とみなすって言った。それがたぶん、戦友って意味なんだと思う」
カンヂがシイナを見る。
「サイコが台所仕事に男を入れさせないのは、そこがあいつの居場所だからなんだ。そこで働いてる限り、自分は実吉家の人間でいられるって思ってる。俺はそんなのわからんけど、それがサイコの意思だから尊重してる。でも本当はサイコもわかってるんだ。もうあいつは俺たちの家族だって。あれからチヒロとヒデヲも生まれたし、みんなサイコが好きだし」
じっと話を聞いてたシイナがよろめいた。
手をのばし、カンヂにもたれかかる。
「大丈夫か? すまん、長話しすぎた」
「……うん、ごめん。部屋もどろ」
カンヂがシイナに手をかして部屋にもどると、病室にはシイナの母親と医師がいた。
「あなた! なにをしているの!」
母親は言うなりカンヂの頬をぶった。
「うちの子を連れだして、どうするつもりだったの! この、野蛮人!」
「すみませんでした」
「ちがう、母さんちがう」
「病人を引きずりまわしてどういうつもりなの!」
「俺がわるいんだ母さん、だからカンヂをしからないで」
「いえ、俺がわるいんです。すみませんでした」
「シイナ、あなたはだまってなさい。今お母さんが助けてあげますからね」
母親は猫なで声でシイナに語りかけ、カンヂをかっとにらみつけ、
「もうこの子に関わらないでって言ったじゃない! 聞いてなかったの!」
「いえ、聞いてました」
「だったらなぜこの子にかまうの!」
「すみませんでした」
「あなたたちみたいな卑賤の輩が、この子に汚い言葉を教えたり、非行に走らせたりするのよ! 今後一切この子にちかよらないで!」
それまで叱責を受け流していたカンヂだが、ついに言葉につまった。
母親は一人で興奮している。
「それ、なに」
シイナが言った。
「俺にかかわるなって、なに」
「シイナ、あなたはお母さんに任せていればいいの。何も心配ないから」
「だからそれなんだってきいてるんだよ!」
シイナが声をはりあげた。
「俺にかかわるなとかって、なんでそんな勝手なことすんの? カンヂいなかったら、俺とっくにダメになってたよ! いじめられて、学級会で服ぬがされて、笑われて、今よりもっと死にてーって思ってたよ! きたない言葉? カンヂが一回でもそういう言葉つかった? こいつ、いつだってバカみてーに丁寧に話してんじゃん、そこ気づけよ! 母さんはいつだってそうだ! 俺のこと人形あつかいして、着かざらせて、さびしくなったら抱きしめて、でもいつもはほったらかしで、俺の気持ちなんていっこも考えてくれなかったじゃん! うちに父親がいないのだれのせいよ! あんたがちゃんとした男つかまえられなかっただけじゃん! なんだよ一流のオトコはそういうもんだって! ばっかじゃねえの? お前ただのオモチャじゃねえか! オモチャのくせになにプライドとかもってんの? 水商売とかやっててはずかしくないわけ? 俺があんたの商売でいじめられたこと、ないと思ってんの? 授業参観に毛皮きてくんなよ! はずいんだよ、あれ見たとき死にてーって思ったよ! 何が、他のお母さんより綺麗だったでしょ、だ。綺麗なの当たり前じゃねえか! お前整形してんじゃん! それでオトコつなぎとめてんじゃん! それってすげーズルって事じゃん! ツクリモノじゃん! 分かれよその辺! 分かれよ!」
そのままシイナは泣きくずれた。
そしてぐしゃぐしゃの声で、
「カンヂ、俺、もう死にてー……」
とつぶやいた。




