【一八】シイナの入院とカンヂの見舞いとあの母親
さいわいにもシイナの症状はたいしたことなく、三日後には登校していた。
カンヂはシイナに会いにゆき、先日のことをたしかめると、
「問題ねえって、ただの貧血。大げさなんだよなー教師って」
と笑いとばした。
顔色はあまりよくなかったが、病みあがりではこんなものなのかもしれない。
「心配したぞ。とにかく、無茶はすんな」
「ああ。もういけよ。移動教室だろ」
「うん」
二人はじゃあなと手をふりあってわかかれた。
だがその日、シイナはまたも倒れた。
週末カンヂが見舞いにいくと、病室にはシイナと母親がいた。
「まあ、たしかカンヂ君ね。大きくなって見ちがえたわ」
シイナの母親はあいかわらず美しかった。
カンヂが買ってきた花を受けとり、
「花瓶をもらって生けてきましょう。シイナ、お行儀よくしているのよ。カンヂ君、すこしの間シイナをよろしく」
「よお」
母親が出てゆくと、シイナはカンヂに笑いかけた。
やつれている。
吹けば消えそうなほど生気がない。
「重い、のか?」
「いや、病気じゃない。ゆってたじゃん、俺の体、普通とちがうって。それで、なんかホルモンのバランスくずれて、こんななっちまってるみたい」
「そうか。それでそれは、なおるのか?」
シイナは少しだまりこみ、首をふった。
「手術するみたい」
消えいりそうな声だった。
「オンナにならなきゃダメって。もうオトコの体じゃないって。手術して、なんか切んなきゃダメって」
それからぼろぼろと泣きだした。
「なんで、俺、わるいことなんてなんもしてねーじゃん、だって、なんでこんなの、ひでーよ」
「ああ。ひどいな」
「お前ヒトゴトだからいいよ、でも俺、手術するんだぜ? ヤだよオンナになるのなんて! キモチわりーよそんなヤツ! 聞いたことねーよ!」
カンヂは泣きじゃくるシイナのそばに立って、そっと背中をさすった。
「大丈夫だシイナ。俺がずっと力になってやる。だからがんばれ」
シイナは背中を丸め、嗚咽をもらした。
母親がもどると、すぐに泣きやんだ。
「どこか痛むの?」
「なんでもないよ母さん」
「でもあなた、泣いてるわ」
「なんでもないったら。早く仕事いきなよ。遅刻でしょ」
シイナは母親に心をゆるしていないようで、トゲトゲしい態度をかくそうともしない。
「じゃあ、じゃあカンヂ君、お願いね」
「はい、行ってらっしゃい」
母親がハンドバッグを持ってでてゆく。
扉がしまると、シイナはほっと体から力をぬいた。
「最近あの人といっしょの空気すうの、苦痛。しんどい」
カンヂは丸イスにすわり、だまって聞いている。
「聞いてるかもしれねーけど、ナメとはダメんなっちゃった」
「そうか」
「アイツ信じて俺の体のことおしえたら、一週間ぐらいたって、ゴメンって」
また涙をこぼす。
「ゴメン、って、俺とはいっしょにやってけないって。勇気だして言ったのに、アイツもやっぱ、俺のことキモチわりいって思ったのかなあ、俺もう、みんなにそう思われてる気がする」
「俺は思ってない」
カンヂはシイナの手をにぎる。
「もうヤだよ。もう死にてーよ」
シイナはカンヂにもたれかかって泣いた。
遠くから救急車の音がちかづいてくる。
病院をでると、シイナの母親がカンヂをまっていた。
「少し、お話しましょうよ」
カンヂは母親の車に乗り、近場の喫茶店にはいる。
以前もそうだったが、この日もやたら高そうな店だった。
二人はさしむかいにすわり、コーヒーを注文した。
最初シイナの母親は世間話などをしていたが、やがて、今のシイナをどう思う、とか、不安定の原因は学校にあるんじゃないか、とか、遠回しなことを言いはじめた。
「あの子には、もっといい環境を用意してあげたいのよ。わかるでしょう?」
「ふむ」
カンヂは思案し、
「全く分からないです」
カンヂに腹芸なんて通用しない。
母親はしばらくためらっていたが、
「あの子を転校させようかと思っているの。それで、説得する手伝いをしてもらえないかと思って」
カンヂは驚いた。
「反対です。シイナは周りに自分のことを分かってもらうのに大変な苦労をしました。同じことをもう一度させるのは、きつすぎます」
「でも、あの子の学校、あまりよくないって聞いたから」
「何がよくないんですか?」
母親は言葉につまり、
「ほら、あまり素性のよくない子たちも通うでしょう。ああ、貴方の事をそう言ってるんじゃないの。だけど、貧乏な家の子はひがみっぽくて意地わるって言うし」
カンヂはまたまたおどろいた。
この母親は、どういうつもりでこんな言葉を口にするのだろうか。
カンヂとて自分たちが清く正しいとは思っていないが、きわだってあくどいとも思わない。
どこにでもいる普通の人間だと思っている。
「その言葉の意味がよく分かりません。俺たちは、少なくとも俺はシイナのことを心配して、力になってやるつもりです。それにうちの学校も、意地のわるいやつがいないとは言いきれませんが、目をおおうような悪人もいません。コーヒーごちそうさま。失礼します」
カンヂは席を立ち、さっさと家に帰った。
「ただいま。今日はカスミがご飯の日か?」
「おかえりー。うん、タマゴ焼いてるー」
「楽しみだな。今日は上手く作れよ」
「まかしとけー。うおうおー!」
実吉家の次女、小学四年生のカスミは、サイコの信奉者の一人だ。
近年言葉づかいがどんどん下品になって両親をなやませてる。
「そうだお兄ちゃんに電話あったよー」
「だれから?」
「わすれたー。うおー」
カンヂが首をかしげていると、ちょうどそこに電話が鳴った。
受話器を取ると、シイナの母親だった。
さっきの事をあやまりたいと言った。
失礼な事を言ったと。
だがカンヂはその言葉を信用しなかった。
声に反省の色がなかったからだ。
「それはもういいです。こっちも失礼しました。それだけですか?」
「いいえ、そのね、ちょっと言いにくいんだけど」
「なんでしょうか」
「シイナにあまり会わないでほしいの。あの子、カンヂ君にべったりみたいだから、心配なのよ。だって良くないでしょ? 今から女の子になるのに、男の子にずっとくっついているのって」
「おっしゃることの意味がまったくわかりません」
適当に返事をして、カンヂは会話をきりあげた。
子供部屋にもどるとサイコがいたので、シイナの母親のことを相談してみた。
「そいつは厄介な女だな。自分の感情と理屈の区別がついていない。誰かに依存したまま体がでかくなっただけってタイプだろう。子供を取られるのを怖がってるのさ」
「ふうむ、そうなのか?」
「知らん。私が実際に会った訳じゃないしな。なんにせよそうい手合いと関わりあう気なら、覚悟だけは決めておけよ。見たくない物を見ることになるぞ」
「なにを?」
サイコは勉強の手をとめ、意地わるく笑った。
「オンナの一番汚い部位」




