【一七】原因はシイナの体
「カンヂ聞いて。俺ナッカに告られちった」
「ナッカってだれだ?」
昼休み。
人気のない非常階段のウラで。
「ば、おまーずっと前ゆったろーがよー、ナッカったらナメじゃん、滑川セラ。ショーガッコん時の!」
そういえば以前にも同じ会話をした記憶がかすかにある。
「ああ、滑川か。それはよかったな。お前、好きだったんだろう?」
「んーでもずっと前だったし。半分わすれてたっつーか」
「じゃあことわるのか?」
「なわけねーべ? ナメ、今もかわいーし。んでも」
そこでシイナは言葉をにごす。
「どうした? 問題があるか?」
「や、お前、どう思うかなって」
「俺が? どう思うんだ?」
「そんなん、俺がしるかよ。けどお前、前にナメとデートしたんだろ?」
「ああ。いや、あれはデートじゃない。バツゲームだ」
「バツゲームぅ? なにそれ」
「祭りにいったときに射的で負けたろう。そのバツゲームだった。それで、荷物もちをさせられたんだ」
「そんなん、お前が勝手に思ってるだけじゃないかよ」
「思うも何もバツゲームはバツゲームだ。それがどうかしたか?」
「いや別に……じゃあ、俺がナメとつきあっても、お前、おこらない、よな?」
「ああ。おめでとう。よかったな」
カンヂが言うとシイナはすこし複雑な顔をして、
「じゃあこの話オッケーする。明日、返事くれって言われてたんだ」
「そうか」
そうしてシイナと滑川セラはつきあいはじめた。
二人はいっしょに登校し、いっしょに下校した。
楽しそうに会話する二人を、カンヂも何度か見かけた。
ところが二人はすぐに別れてしまった。
一ヶ月ももたなかった。
原因は、シイナの体のことだった。
「カンヂ君、ガッシュ好きだよねー」
美術部活動中にイサナが言った。
「かさね塗りできますから。いつかは油絵やってみたいんですけど」
「画材高いもんねー。手入れ大変だし」
例によって二人はエッシャーの模写をしている。
画集が一冊しかないので、広げて同じページをうつしていた。
"アブルッツィのスカンノにある通り"というリトグラフで、またも人っ子一人いない町の作品である。
「カンヂ君、進路決めてるー?」
「公立に進みます。できなければ就職です」
「もう決めてるんだー。すごいー。私まだ決めてないー」
先々まで将来を決めているサイコを思いだし、カンヂは言った。
「イサナ先輩はおそすぎじゃないんですか?」
「そんなことないよー、ほかにも決めてない子いるもーん」
「サイコは中学に入ったころにはもう行く大学まで決めてましたよ?」
「そんな人は特別ー。ねーねーカンヂ君のお姉さんって、綺麗よねー」
「そうですね。サイコはよく美人だといわれます」
「今度モデルになってくれないかなー」
「じっとしてろってのは無理です。あいつは家事とかにいそがしいから」
「エプロンつけてたもんねー。若奥様って感じー。カッコよかったー」
からから笑う。
「共働きなんでしょー? カンヂ君も家事するー?」
「しません。うちは女尊男卑の家系なんです。厨房は女の聖域で、男はおいそれと中には入れないんです」
「なにセイイキ? ジョソンダンピ? 男尊女卑じゃないの? 男子厨房に入らず、でしょー」
「いいえ女尊男卑であってます。男子厨房に入れず、なんですよ、サイコが家事するようになってからはよけいに。台所仕事中、男は水飲むのにもサイコの許可がいるんです」
「ハイレズだって、おっかしー、すごー、おもしろいおうちー」
「ちなみに食材の買いだしは男の仕事です。休日に男総出で、激安スーパーで大量に購入するんです。エサはオスがもってくるべき、というのがサイコの考えなので。うちで一番えらいのは、だからサイコなんです。ルールもサイコが決める。最近は妹が水仕事手伝うようになりました。サイコが大学受験だから」
「賢いんだっけ。国立?」
「国立です。うちは子だくさんだから授業料が安いところじゃないと進学できないんで」
「大変なんだねー。あー、それよっかあたしだあー。進路どおしよー」
「公立でいいんじゃないですか? 近いし、設備もわるくないんでしょう?」
「公立かー、ぎりぎりむつかしーんだよねー、成績が」
「がんばれば行けるってことです」
「そっかー、がんばるかー」
あーはははー。
イサナが力なく笑う。
「ええー、実吉先輩のお姉さんって美人なんですかー? うっそー、見てみたーい」
耳ざとい新入生がよってきて、カンヂたちの会話にくわわった。
そのとき、救急車が校内に入ってきた。
サイレンをけたたましく鳴らし、校門をぬけ校舎正面入り口に横づけする。
「なんだろなんだろー、ケガ人かなー?」
窓から身を乗りだしてみるが、目のわるいカンヂにはよく見えない。
イサナも同じようにし、担架で運ばれてゆく患者を見た。
「わ、あれ、浅木君だ」
カンヂはダッシュで正面入り口にむかったが、やっとたどり着いたときすでに救急車は搬入ドアを閉じ走りだしていた。




