【一六】エッシャーの模写と二人の距離
二学期になり席がえをして、カンヂとシイナの席ははなれた。
それにしたがい二人は会話をすることもなくなっていった。
「浅木君さー、顔ださないねー」
「そうですね。時々さそうんですが」
「そっかあ」
美術部でその話をするとき、イサナですら神妙にした。
秋になり文化祭がせまって美術部員たちは展示用の作品にとりかかっていた。
カンヂはエッシャーの“カラブリアのフィマウラ(スティロ)”を鉛筆で模写した。
イタリアはカラブリア県の小さい町をえがいたリトグラフ(石版画)で、岩棚のふかい堀に橋がかかった細密な町なみをチマチマかきうつしてゆく作業は、ねばり強いカンヂの性格によくあっていた。
人物のいない、金属製のおもちゃの町なみにみえるようなエッシャーらしいガンコな作風で、こんなの模写したがるのはカンヂとイサナぐらいしかいなかった。
完成した作品はなかなかのものだったが、しょせん内輪でしか話題にならなかった。
教室では、シイナはカンヂをほとんど会話しなかった。
シイナの方からカンヂを避けていて、二学期が終わるまでそんな空気がつづき、三学期になってもそれは変わらなかった。
やがて学年が変わり二人は中学二年生になった。
クラスが別々になり、顔を合わせることもなくなるかと思いきや、シイナは美術部の活動によく顔をだすようになった。
「ガッコ終わってもヒマだし」
「去年はヒマじゃなかったのか?」
「去年は、お前と話してるとこ見られたらなんか言われたじゃん。今はもうそれねーし」
「ふむなるほど。気にしていたんなら俺に言えよ」
「べつにー」
とどこふく風。
それからシイナはカンヂの絵を見て、
「お前、相変わらずヘタっぴな」
と笑った。
入学当初からカンヂはデッサンがヘタクソで、反対にシイナは上手かった。
今もまだシイナのが上手いだろう。
「人それぞれだ。俺は俺、自分のペースで描く」
カンヂは上級生から言われた言葉をそのまま言った。
「シイナくーんモデルやってー」
同学年の女子がよぶ。
「えーヤだよメンドい」
「なにもしてないじゃーん」
「うっせーなあ」
そういってシイナは女子の輪にはいる。
昔からシイナは女子にかわいがられていたが、中学に入って一段と人気があがった。
顔はそこらの男性アイドルよりかわいいし、体もちっこいので話しかけやすいという。
まあ女の子と仲良くなるぶんにはひどい暴力など受けまいと、カンヂはひとまず胸をなでおろす。
「カンヂ君ー、画集もって帰っちゃった?」
イサナがやってきた。
「ああ、家にあります」
「今から取ってきてー、あれがないとあたし困るー」
「明日もってきます」
「今すぐー」
「明日もってきます」
「じゃーさー、今日帰りにカンヂ君の家よってっていーい?」
「いいですけど、うち、近くないですよ?」
「自転車だからモーマンターイ。カンヂ君こいでー、あたしうしろ乗るるるー」
「二人乗りは犯罪です」
「けちー。けーちー。カンヂ君けちんぼだあー」
イサナが両手のグーでシュッシュつっついてくる。
ふとカンヂはシイナに見られていたのに気がつく。
すぐに視線はそらされた。
イサナと話しているとシイナはこっちによってこない。
イサナが苦手なのだと言った。
あんないきさつがあったから、近づきたくないのもわからんではない。
イサナが帰りがけカンヂの家によると、サイコが目をかがやかせてでてきた。
「おいおいなかなかの上玉じゃないか。どうだ、もうスケベな事したか?」
「イサナ先輩は部活の上級生だ。手をはなしてくれ。部屋から画集を取ってこなきゃならん」
カンヂが画集を取って玄関にもどると、サイコとイサナが話こんでいた。
「あーカンヂくーん、ごめんねー。それじゃあ、またよらせてもらいますー」
「ああ。次は是非手料理食っていけ。楽しみにしている」
「じゃねーカンヂ君」
イサナは笑いながら自転車をこいでいった。
「気に入ったのか?」
「ああ。あれは面白い子だ。だけど、乗りこなすのは大変だぞ? 一体どこが気に入ったんだ?」
「面白い絵を描く人なんだ。なあ、俺がイサナ先輩を乗りこなすのか?」
「お前はそういう所から入るのか。全く、わが弟ながらヘンなやつだ」
「サイコ。それはおたがいさまだ」
「ふん」
それから二人は家の仕事をかたづけた。
その翌日だった。
昼休み、カンヂはシイナに呼びだされた。




