第8話 もう1人のエリカ
空間ディスプレイに表示されたニュースの続報を見守っている。その時だった。
カランカラン……
入口の鐘が鳴る。他にお客さんが来たようだ。その時、マスターの顔が目に入る。無口なマスターが、口をあんぐりと開けて驚いた表情をしていた。
何事だろう? そう思って、入口の方に目を向けると。
「あッ……!?」
思わず驚きの声が口から漏れる。
「どうした? トオル…… えッ!? お、俺が…… もう1人?」
僕の様子に気づいたエリカも店の入口の方を見て驚愕する。
入口に立っていたのは、金髪にショートカットの髪。黒いTシャツにボロボロのジーパン姿。それは、目の前にいるエリカそのものだった。
エリカが2人いる!? そう思った時。入口に立っているエリカにノイズのようなものが入り、その姿がパッと消えた。そして、代わりに現れたのは、黒い毛むくじゃらに太い腕。
そう、1匹のゴリラが立っていた。
パリンッ!
食器の割れる音がする。マスターが手に持っていた食器を驚きのあまり落としてしまったようだ。
突然、店の入口にもう1人のエリカが現れたと思ったら、それが今度はゴリラの姿に変わった。
よく見ると、ゴリラは右手に何か持っている。それは石鹸みたいな形の携帯用パソコンだと気づく。
「……ま、まさか!? 空間ディスプレイの技術を応用したのか……?」
とても信じ難いことだが。ゴリラは、携帯用パソコンを使って、自分の周りに空間ディスプレイを外向きに表示していたのだ。そして、空間ディスプレイにエリカの姿を映し出し。周囲からは、人間のエリカに見えるように偽装していたのだ。そうとしか考えられない。
「……ゴリラだ! 本物のゴリラが目の前にいる!!」
エリカは、興奮した様子だった。そして、ゴリラの方に向かって駆け寄ろうとした。
「待て! エリカ! 危ない!」
僕は、慌ててエリカを止めようとするが間に合わない。エリカは、ゴリラに抱きつこうとした。その時だった。
パシィーンッ!
ゴリラは、左手で駆け寄ってくるエリカを払いのけた。そして、空間ディスプレイで表示されたキーボードをカタカタと器用に叩く。
「君ニ用ハ無イ! 僕ハ、東山トオル君…… 君ニ会イニ来タ……」
無機質な人工音声が、ゴリラの持っている携帯用パソコンから響く。
「ぼ、僕に会いに来ただって……?」
「ソウダ…… 君ト勝負ガシタイ。イヤ、正確ニ言エバ…… 君ノ『ナックルウォーカー』ト勝負ガシタイ……」
思わず聞き返すと、信じられない返事が来た。ゴリラは、キーボードを操作して空間ディスプレイを表示させる。そこには『ギア・ウォーズ』のゲーム画面が表示されていた。
「僕とゲームで勝負するために、わざわざ動物園を脱走してやって来たって言うのか?」
「ソウダ…… ソノタメニココニ来タ……」
僕は立ち上がって、ゴリラと対峙する。ゴリラは、真っすぐな目で僕を見ている。
チラっと視線をエリカに移す。エリカは、ゴリラに払いのけられて転倒していたが、マスターが側について立ち上がっていた。怪我は無さそうだ。
「分かった…… そこまで言うなら勝負しよう!」
エリカの目の前だ。ゴリラに勝負を挑まれて逃げる訳にはいかない。殴り合いならともかく。得意なゲームでの勝負なら、こちらに分がある。
僕は、自分の携帯用パソコンから『ギア・ウォーズ』を起動させる。そして、対戦画面を表示させた。
「対戦ルームニ君ノ『ナックルウォーカー』ヲ招待スル」
「OK! 勝負開始だ!」
目の前のゲーム画面が変化する。戦いの舞台となるステージは草原だった。青い空の下、どこまでも緑の草原が広がっている。風で草が波のように揺れていた。
目の前に、ゴリラの操る機体が表示される。機体名は『ERIKA』。戦績は0勝0敗。細身の人間の女性のような姿を思わせる機体だ。銃火器は持っておらず、代わりに電磁ブレードの刀を装備していた。
「サア、始メヨウ! トオル君…… イヤ、『ナックルウォーカー』!」
「ああ。いつでも来いよ! 叩きのめしてやる!」
いつも対戦マナーを心がけている僕だったが。今回ばかりは、冷静さを失っていた。いつもの見えない相手じゃない。ネットの知らない誰かじゃない。今回の対戦相手は、目の前にいるゴリラなのだ。
負けられない…… エリカのためにもこの勝負。絶対に負けられない。
いつになく気合が入る。たかがゲームではない。これは、真剣勝負だ。
『FIGHT!』
試合開始の合図が表示される。
「行けッ! ナックルウォーカー!」
先手必勝だ。僕は、ナックルウォーカーを突撃させる。太い両腕で地面を蹴り、四足歩行で一気に距離を詰める。
人間の僕が、ゴリラのような機体『ナックルウォーカー』を操り。ゴリラの方は、人間の姿をした機体『ERIKA』を操る。仮想空間でお互いの姿を取り替えたような戦いとなった。
「行クゾ!」
ゴリラの操る機体は、電磁ブレードの刀で斬りつけようしてきた。それを待っていたかのように僕は叫ぶ。
「今だッ! 飛べッ! ナックルウォーカー!」
ナックルウォーカーは、2本の腕を大地に叩きつける。その反動で空へと舞い上がった。ERIKAの電磁ブレードを直前で避ける。
そして、空中で体勢を整えて拳を相手に叩きつける。以前、JKキングとの対戦でも見せたアクロバットな技だ。