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第7話 脱走したゴリラ

 そして、日暮れ前――――


「おい。エリカ。そろそろ帰る時間だぞ」


 飽きもせずに、ジッとゴリラを眺めているエリカに声をかけた。閉園の時間も近づいているし。帰り道も徒歩で1時間以上かかる。


「もう、そんな時間か…… ちょっと待っててくれ。トイレに行ってくるわ」


 エリカはそう言ってトイレに向かう。僕は、ゴリラの檻の前でポツンと取り残される。その時だった。


 何か視線のようなものを感じる。ふと見ると、檻の隅にいるゴリラがジッと僕の方を見ていた。


 いつも虚ろな目でどこを見ているか分からないゴリラだったが。今は、はっきりと僕の方に視線を向けていた。


「な、何見てんだよ……!?」


 ゴリラの眼差しに一瞬、恐怖のようなものを感じた。だが、すぐにそれは憎しみに近い感情に変わる。


 このゴリラさえいなければ、エリカは変わることはなかった。このゴリラに自分の大事な物をすべて奪われたようにさえ感じた。


「くそッ! お前なんか……」


 ゴリラに何かを投げつけたいと思った。ポケットの中には、携帯用パソコンがある。だが、これを投げるのは勿体ない。そう思って、ポケットの中を探ると。


 ポケットの中に他にマッチの箱が入っていた。喫茶アフリカのマッチだ。僕は、タバコなんて吸わないが。何となく取っておいたものである。


「悔しかったら、その檻から出てここまで来てみろよ! お前の生まれ故郷と同じアフリカだッ!」


 僕は、マッチ箱を檻の中に投げ込んだ。ゴリラまでは届かなかったが。むしゃくしゃした気分が少しスッキリした。


「おーい! トオルー! 帰ろうぜー!」


 トイレに行っていたエリカが、ちょうど戻ってきた。僕たちは、ゴリラの檻を後にする。



 そして、次の日の朝――――


 眠い目をこすりながらベッドから起きる。朝の8時くらいだった。夏休みなので遅めにゆっくりと起きる。


 突然、スマホの着信音が鳴った。スマホを手に取ると、着信はエリカからだった。昨日、動物園に一緒に行ったばかりだし。今日は何の用事だろう? 僕は、スマホを耳に当てる。


「た、大変だッ! トオル! ニュースを見てみろッ! 大変なことが起きてるぞ!」


「どうしたんだ? エリカ。大変なことって?」


 やけに慌ただしい口調のエリカ。朝っぱらから何事だろう?


「いいからッ! ニュースだ! テレビのニュースを見てみろ!」


 エリカの急かす声。僕は、リモコンを取ってテレビをつけた。今の時代、テレビも空間ディスプレイが使われている。目の前に、テレビの画面が現れた。


 僕は、テレビのニュース画面を見てギョッとした。


『動物園からゴリラが脱走!』


 そんなテロップが書かれている。しかも、ニュースの画面に映っている動物園は、昨日僕たちが行った隣町の動物園だ。


「大変だッ! トオル! 俺たちのゴリラが…… ゴリラが、脱走しちまったよ!」


「お、落ち着け! エリカ!」


 そうは言ったものの、僕自身も動揺を隠せない。とりあえず、ニュースで詳しい情報を見る。


『昨夜未明、ゴリラの檻で火災が発生。飼育員がゴリラを保護するため駆けつけたところ、逆にゴリラに襲われて脱走されてしまいました。飼育員は軽いケガで命に別状はありません。現在、周辺を警察が厳戒態勢で捜索していますが、脱走したゴリラはまだ発見されていません』


 ゴリラの檻で火災…… その言葉を聞いた時、僕の背筋は凍った。


 昨日、僕はゴリラの檻に何を投げ込んだ? 喫茶アフリカのマッチだ。


「いや、待て…… そんなこと……」


 確かに、マッチを投げ込んだが。相手はゴリラだ。マッチなんか使える訳がない。使える訳がないんだ……


「どうしよう? トオル。俺は、どうすればいい?」


 スマホの向こうからエリカの不安そうな声が聴こえる。


「落ち着け、エリカ。とりあえず、今から喫茶アフリカに集合しよう! それから話をしよう」


 僕は、喫茶アフリカに集まることを提案した。動揺しているエリカを落ち着かせなければ。



 それから、1時間後――――


 僕とエリカは、喫茶アフリカにいた。いつもの一番奥のボックス席に座る。


 僕の携帯用パソコンで、テレビのニュース画面を空間ディスプレイで開く。そして、その情報を2人で見守った。


『ここ動物園の周辺では、厳戒態勢で今なお警察が脱走したゴリラの捜索にあたっています。脱走から既に12時間以上経っていますが、まだゴリラは見つかっていません。いったい、どこにゴリラは消えてしまったのでしょうか?』


 リポーターが、動物園の周辺から中継している。慌ただしい警察官の姿や飛び回るヘリコプターの音が聞こえる。現場は、かなり騒然としているようだ。


「大丈夫かな? トオル。警察に見つかったら、撃ち殺されたりしないよな?」


 エリカは、オロオロとうろたえて不安そうな声を上げる。僕は、なだめるように言った。


「大丈夫だよ…… 銃が使われるとしても麻酔銃だ。簡単に殺したりなんかしないよ」


 そうは言ったものの、もしゴリラが暴れたりしたら危険だ。実際には、射殺も十分にあり得るかもしれない。だが、今それをエリカに伝えるべきではない。


 今の僕たちには、ニュースの画面を一緒に見守ることしかできなかった。



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