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第2話 ナックルウォーカー

 食事を終えたエリカは、満足そうに腹をさすっている。


「はぁー! 食った、食った! また一歩、ゴリラに近づいたぜ!」


 その姿は、ゴリラというよりオジサンに近い。


 そして、エリカはコーヒーの入ったカップを口につけた。


「うぇぇー! にがッ!」


 苦虫を嚙み潰したような顔をする。彼女が飲んでいるのは、ブラックコーヒーだ。


「ミルクと砂糖を入れた方がいいんじゃないのか?」


 僕がそう言うと、彼女は首を横に振った。


「ゴリラはなー。ミルクも砂糖も入れないんだよ! ゴリラは、ブラックだ!」


 そもそも、ゴリラはコーヒーは飲まないと思うが? 僕は、心の中でツッコミを入れる。


 彼女がなろうとしているゴリラの存在は、僕にはよく分からない。ステーキにプロテインをかけて食べるのに、筋肉をつけるためのトレーニングはしない。彼女いわく「ゴリラは、トレーニングなんてしない」だそうだ。じゃあ、何のためにプロテインを摂取するのか。


「腹がいっぱいになったら、眠くなってきたぜ……」


 エリカは、テーブルの上に突っ伏した。


「おいおい! こんな所で寝るなよ!」


「分かってねえなー。トオル! ゴリラはなー。寝たい時に寝るんだよ!」


 そう言うと、彼女はスヤスヤと寝息をたて始める。本当に眠ってしまったようだ。


 目の前で眠る金髪ショートカットのエリカを見て思う。黒くて長い綺麗な髪だった頃の清楚なエリカと。ゴリラになりたいと言って自由奔放に生きる現在いまのエリカ。どっちが本当の彼女の姿なのだろうか。


 あの時、僕が彼女を動物園に連れて行かなければ……


 そう考えると、現在の彼女の状況について、僕にも責任は少なからずある。



 エリカが眠ってしまって話す相手もいなくなったので、僕はポケットからパソコンを取り出した。


 パソコンと言っても現代のパソコンは、石鹸せっけんみたいな大きさと形をしている。ポケットの中にも普通に入る。


 電源ボタンを押すと、目の前の何もない空間にメニュー画面が浮かび上がった。これは『空間ディスプレイ』という最新技術だ。今のパソコンには液晶モニターは必要ないのだ。


 そして、手元には同じく空間ディスプレイでキーボードの画面が浮かび上がる。そのキーボードをカタカタと操作して、いつものゲームを起動させた。


 ゲームの名前は『ギア・ウォーズ』。最近、ハマっているロボット同士の対戦ゲームである。


 簡単に言うと、ゲーム空間の中でロボットが戦うゲームだ。ネットの対人戦が人気のゲームである。


 この『ギア・ウォーズ』の一番の特徴は、ロボットのカスタマイズである。無数に存在する部品を選んで、自由に自分だけのロボットを組み立てられるのだ。もちろん、組み合わせによって性能も大きく変わってくる。


 僕の使っているロボットの機体名は『ナックル・ウォーカー』。両腕が長くて巨大なアンバランスな見た目である。動物に例えるなら、そう。まさにゴリラのような見た目である。


 こんなロボットをわざわざ設計したのは、少しでもエリカに振り向いて欲しいからだった……


『挑戦者が現れました』


 画面にそう表示される。ネットで同じゲームをしている人間とマッチングしたようだ。さっそく僕は対戦を始めることにした。


 これから対戦する相手の情報が画面に表示される。相手の機体名は『JKキング』。戦績は『0勝0敗』。まだ対戦経験のない初心者のようだった。


 ボイスチャットで、相手の声が聴こえてくる。


「ハロー! ナックルウォーカー! てめえが俺様のデビュー戦の相手か!? ひゃッひゃッひゃッ! ボコボコにしてやるぜ! 覚悟しなッ!」


 下品な笑い声。加工された音声なので、男か女かは分からないが。マナーのよろしくない相手のようだ。まあ、ネット対戦をしているとこういう手合いは少なくない。


「はい。よろしくお願いします。JKキングさん」


 僕は、冷静に挨拶する。相手がどうあれ、対人戦のマナーは心がけている。


「おうよッ! 俺様は、女子高校生の王! だから、JKキングだ! 覚えときなッ!」


 JKキングのJKは、女子高校生のJKだったらしい。しかし、その場合はキングじゃなくて女王クイーンを名乗るべきではないだろうか。頭がちょっと可哀想な人なのかもしれない。


 空間ディスプレイが左右にも展開される。まるでロボットの操縦席コックピットにいるような気分だ。


 周囲の景色が変わっていく、ステージは荒野のようだ。遠くにグランドキャニオンみたいな岩山が見える。天気は晴れていて風が少し吹いているようだ。


 目の前に姿を現したJKキングのロボットを見て、僕は小さくため息をついた。


 相手のロボットは、何のカスタマイズもしていない。初期のデフォルトの人型ロボットだ。右手には初期装備のアサルトライフルを持っている。


「ひゃーッひゃッひゃッひゃッ! 俺様のJKキングの初陣ういじんだぜーッ! 派手に行かせてもらうぜーッ!」


 威勢だけはいいようだが。明らかに初心者まる出しの機体だ。


『FIGHT!』


 戦闘開始の合図が聴こえた。いよいよ戦いが始まる。


 僕のゴリラみたいな機体『ナックルウォーカー』を見た相手は、だいたいこう考える。


「ひゃーッひゃッひゃッひゃッ! ゴリラみてーな鈍重どんじゅうそうな機体だなーッ! スピードで翻弄してやるぜーッ!」


 JKキングの勝ち誇ったような下品な笑い声が響く。そう、誰もが最初にそう考える。そして、すぐにそれが間違いだったことに気づくのだ。



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