第11話 ゴリラになりたかった少年と少女
正面からぶつかるナックルウォーカーとJKキング。お互いにゴリラを模した機体同士が殴り合う。
「おらおらおら! ひゃーッひゃッひゃッひゃッ!」
狂気に満ちた笑い声を上げながら殴りかかってくるJKキング。パンチのスピードは速く、威力も申し分ない。一瞬の油断が命取りになる。激しい殴り合いだ。
「どうだ? ナックルウォーカー! 俺様の操縦技術はよお!」
「すごいですね。まるで、本物のゴリラみたいだ……」
天才を自称するだけはある。JKキングの機体は、まさしく本物のゴリラを体現していた。操縦技術は、間違いなく僕より上をいっている。
「ひゃーッひゃッひゃッひゃッ! 悔しかったら、お前もゴリラみたいになってみろよ! ひゃーッひゃッひゃッひゃッ!」
勝ち誇ったように笑うJKキング。しかし、僕は静かに言い返した。
「いいえ。JKキングさん。僕は、ゴリラみたいになろうなんて思いませんよ。それが、あなたの敗因です」
「敗因……? 何言ってやがる? この戦い有利なのは、俺様の方だろうがーッ!」
確かに、現在押しているのはJKキングの方だ。操縦技術で上をいっているため、ナックルウォーカーはじわじわと追い詰められていた。しかし、僕は確信していた。
「僕のナックルウォーカーは、ゴリラを模倣した機体です。僕も初めはゴリラのようになりたかった。今のあなたのように……」
そう、このナックルウォーカーはゴリラに恋をした1人の少女を振り向かせるために作った。せめて、ゲームの中ではゴリラのようにありたかった。
「でもね。分かったんです! 本物のゴリラと戦って…… ゴリラになんてなる必要はなかった。JKキングさん! あなたの敗因は、人間であることを放棄し、ゴリラになろうとしたことだッ!」
「敗因だーッ!? そんなことは、勝ってから言いやがれ! 喰らえーッ!」
JKキングが右腕を振りかぶる。そこから繰り出される渾身の右ストレート。だが、僕はそれを待っていた。
「人間はねッ! 道具を使うだけじゃない! 知恵があるんですよッ!」
ナックルウォーカーは、JKキングの右ストレートをつかんだ。そして、腕をつかんだまま背を向ける。これは、柔道で言う『一本背負い』の形となった。
JKキングの機体は、一瞬宙を舞い。そして、弱点である背中から地面に叩きつけられる。
「な、何だとーッ!?」
JKキングの操縦は見事にゴリラを再現していたが。ゴリラは、柔道の技なんて使わない。最後は、人間の技を使ったナックルウォーカーが勝ったのだ。
『勝者! ナックルウォーカー!』
僕の勝利が告げられる。
「そ、そんな馬鹿な…… 俺様。いや、この私が4度も負けるなんて……」
JKキングは、唖然とした顔で立ち尽くしている。そこに、エリカが言い放った。
「とっとと失せな! この負け犬!」
「ぐッ……!」
JKキングは、憎しみと悔しさが入り混じった表情でエリカを睨む。だが、すぐにその表情を隠すかのように背を向けた。
「君の勝ちだ。トオル君…… 約束どおり、今日のところは引き揚げよう。だが、私はあきらめないよ!」
そう言い残して、JKキングは去って行った。店内に取り残された僕とエリカ。店のマスターは、終始無言のままだった。
「やったな! トオル。なかなか愉快な戦いだったぜ!」
エリカが少し笑って言った。今までゲームに興味を示さなかったエリカが、初めて僕の戦いを見てくれた。僕の胸が熱くなる。
エリカは、少しうつむいて寂しそうな笑顔を見せる。
「俺は、初めてゴリラを見た時。感動した…… ゴリラのようになりたいと思った。でも、違ったんだ。俺が本当になりたかったのは、ゴリラじゃない。人間らしさを放棄することじゃなかったんだ……」
「エリカ……」
「お前が教えてくれたんだ。トオル。ありがとうな」
そう言う彼女は、目に少し涙をためていた。そして、間を置いて彼女は言った。
「あーあ。夏休みもあと少しで終わりだな…… 宿題がたまってるぜ。急いでやらないとな」
「エリカ…… 学校に行く気になったのか?」
「ああ。俺は、ゴリラじゃない。人間だからな…… 授業も少しサボってたから分からない所がある。教えてくれよ。トオル」
僕は、頷いて答える。
「ああ。一緒に勉強しよう!」
最後に、彼女は笑って言った。
「ああ、それと…… さっきのゲーム。俺にもやり方を教えてくれよ」
数日後に、彼女は金髪をやめて黒髪に戻すのだが。この時の彼女の笑顔は、太陽のように眩しかった。
Fin