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追放された私は隣国の保育士になる

作者: かずひさ結

「ウェンディ! お前は今日限りで追放だ!」


ギラギラと輝く宝飾品を全身に着けた品のない男が声を上げる。

ウェンディと呼ばれた少女はぽかんとした表情で男を見つめた。

6歳の少女には"追放"という言葉の意味が分からないのだ。


「ついほう……?」

「はあ、これだから学の無いガキは……。お前はこの孤児院から出て行くんだよ。

『転生者』であるお前を育ててやって、保育士の彼女らを手伝う仕事まで与えてやったというのに!

お前は全く仕事をせず遊んでばかりいたそうじゃないか!子供だからといって甘えるなと最初に言ったのを忘れたのか!?」


男の周りには数人の美しい女がいた。彼女らは男が運営する保育所に務める保育士でもあり、同時に男の恋人でもあった。

女たちは保育所の仕事をすべてウェンディに押し付けて仕事をサボっていた。

彼女らがしていたことといえば仕事をサボって男に愛されることと、保育所に子供を預けている保護者の対応だけだ。


「いえ、私一人で保育所のお仕事をしてました」

「見え見えの嘘をつくな!彼女たちがお前のサボりを証言しているんだぞ」


ここにはウェンディの味方はいない。女たちはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるだけだった。


朝は保育所の掃除、預けられた子供たちの遊び相手。

昼は食事の用意、配膳、食事の世話、お昼寝の時間には寝かしつけ。

子供たちが寝てる間に食器洗いとおやつの用意、子供たちの行動をまとめたメモの作成。

夕方は延長保育となった子供たちの遊び相手。

夜は調理場と保育所の掃除、備品の在庫確認。


これらの仕事をウェンディは2年間休むことなくたった一人で行ってきた。

普通の子供なら絶対に無理な仕事量だが、ウェンディは『転生者』だ。

この世界では『転生者』に特殊な力が宿ることが多く、ウェンディもその力を無意識に使って保育所の仕事をこなしていたのだが男たちはそれを知らなかった。


「ウェンディよ。頭の悪いお前に分かるよう何度も何度も教えたではないか。

我らが『赤の國』では『転生者』は悪魔の遣いとして忌み嫌われる……風習がある。

お前はその『転生者』であり身寄りもない。この国でお前を育てようとする奇特な大人はいないのだ。

そんなお前を憐れに思った私が慈悲をもって育ててきてやったというのに!

聞くに堪えないくだらない嘘をつくようになりおって!この恩知らずが!」


つばを大量に飛ばしながら男が怒声を浴びせる。

ウェンディが仕事をサボったことは一度もないのだが、男は女たちの言い分を信じ切っていた。


「院長先生。私は嘘をついていません。ちゃんとお仕事をしました」

「朝から夜まである保育所の仕事を!子供のお前がたった一人でこなせるわけないだろうが!!

ええいもう言い訳は聞きたくない!嘘つきを置いていたら他の子供たちにも悪影響だ。今すぐ出ていけ!」


男はウェンディの体を持ちあげると孤児院の裏庭から外へ放り投げた。




「院長先生、ここを開けてください!」


ウェンディは何度も孤児院の門を叩いたが、二度と開くことはなかった。

周辺住民は”孤児院のみすぼらしい子供が悪さをしたお仕置きで外に出された”と誤解して助けてくれない。

働いていた保育所へ行こうにも、ほうきを持った保育士の女たちが待ち構えていて追い返された。

他に行くあてもないウェンディは遠くから保育所が見える場所に座り込んだが、女たちに見つかると走って追われたため逃げるしかなかった。


気が付くとウェンディは孤児院と保育所があるエリアから遠く離れた場所にいた。

出かけたことがなく孤児院と保育所しか知らない少女には土地勘がない。

給料は出ておらず金もない。着の身着のままで追い出されたウェンディは途方に暮れた。


「……どうすればいいかな」


ウェンディは首元に光る赤い宝石を握り締めた。赤い宝石のペンダントは彼女の唯一の持ち物だ。

”『転生者』の悪魔の力を抑えるお守りだから絶対に外してはならない”

そう何度も男から注意されていたため、ウェンディはペンダントを無くさないよう今着ている服にポケットがあるか確認を始めた。


「ウェンディ?なんでここにいるんだ?」


背後から少年の声が響く。ウェンディの表情と心にぱっと明るい光が差した。

振り向くと運送屋の仕事着を着た少年が驚いた様子でウェンディを見つめている。


「ピーター。実は……」


ピーターは運送屋である父親とともに各国を回っている6歳の少年だ。

ウェンディがいた孤児院と保育所があるエリアを彼の父親が担当することになり、何度も荷物を運ぶうちにウェンディと知り合って仲良くなっていた。


「くそっ、あいつら!ウェンディにヒドいことばかりしやがって!」


ウェンディから事情を聞いたピーターは孤児院がある方角を睨みつける。

彼は保育士の女たちがウェンディに仕事を押し付けていることを知っていた。

何度も父親に相談して助けようとしたが、証拠がないため動けなかったのだと言う。


「……ウェンディ、ごめんな。助けられなくて」

「ううん。ピーターが謝ることじゃないよ。ありがとう」


ウェンディはピーターと話すと心が軽くなって楽しい気持ちになることに気付いていた。

ピーターはしばらくうつむいていたが、勢いよく顔を上げるとウェンディの肩を掴んで叫んだ。


「行くところがないなら、オレたちが住んでる『青の國』に来てよ!

あの国は『転生者』にすごく優しいんだ。ウェンディにひどいことをするヤツなんていない。

ねえ、そうしよう。オレといっしょに行こうよ!」


ウェンディはぽかんとした表情でピーターを見つめた。

(彼のほっぺがリンゴのように真っ赤になっているのはなぜだろう?)と思いつつ

一緒に行こうと誘ってくれたことが嬉しくてウェンディは花のような笑顔をピーターに向ける。


「うん。行きたい!私もピーターと一緒にいたいの」



ピーターは父親とすぐに連絡をとって合流すると、ウェンディを連れて『青の國』へ向かった。


『青の國』に着いたウェンディは『転生者』だけが通る門を案内された。

門の出口にいた係員がウェンディ、ピーター、ピーターの父親へ説明を始める。


「この門は『転生者』の能力を調査する特殊な技術が使われています。

調査の結果、ウェンディ様は「体力おばけ」のギフトを持っておられますね。

記録によると、このギフトを持った『転生者』は……

24時間起き続けたり働きどおしでもまったく疲れない。

少しの睡眠で体力が全回復する。筋力が常人の数倍以上あり重たい荷物を一人で運べる。

こういった特徴があったようです。ウェンディ様、お心当たりはありますか?」


係員の質問に、ウェンディとピーターは同時に頷く。

ウェンディが保育所で大量の仕事をこなせていたのは「体力おばけ」のギフトがあったおかげと判明したのだ。


「それと……ウェンディ様が身に着けている赤い宝石は没収させていただきます。

これは遠い昔に作られた『転生者』の記憶と力を封じる悪しき道具でして、現在は所持が禁じられております。

ウェンディ様、これはどういった経路で入手されたものですか?」

「ええー!?」


ウェンディはずっと大事にかけていたペンダントが違法アクセサリーだったことにショックを受けており

”『赤の國』にいる男がウェンディに贈ったもの”だとピーターが代わりに説明をして事なきを得た。


こうしてウェンディは『青の國』に住む事になった。

2年間働いた経験と「体力おばけ」のギフトを活かし『青の國』でも保育所で働き始めた彼女は

無尽蔵の体力をつかって保育所の仕事をどんどんこなしていった。

保育所で働く他の保育士や上司からの評判も良く、ウェンディは『青の國』で楽しい日々を送る事となる。




一方、ウェンディを追い出した『赤の國』にある保育所では。


「せんせいにおこられたー!うわああああん!」

「ちょっと、どういうことです?おたくの保育士はうちの子に何をしたんですか!?」


2年間も保育士の仕事をサボりまくっていた女たちにまともな仕事ができるはずもなく

保育所はトラブルが絶えず苦情が殺到する事態となっていた。

男は対応に追われたが事態が改善することはなく、『青の國』からの通報で違法アクセサリーの所持疑いで逮捕された。


こうしてウェンディがいた孤児院と保育所は閉所され、保育士の女たちも訴えられた。

孤児院にいた子供たちはウェンディを頼って『青の國』へ移送され、皆で仲良く暮らすこととなった。



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