帝国議会
9月11日、女王はポジョニ王宮の帝国議会へ参上した。
喪服に身を包み、頭に王冠を敷いた彼女は憂愁と威厳に満ちていた。
「フリードリヒの率いるプロイセン軍はいずれエルトリアにも牙を向こうとします。どうか共にプロイセンと戦ってください」
切々と訴えたテレーゼに対して貴族たちの反応は冷たかった。
「竜をみなかったのかい? 赤竜がいざという時に追い出してやるさ」
「プロイセンなんて狼や熊たちが蹴散らしてくれるぞ」
「でもオスマントルコに侵攻されたのではなくって?」
「あれは無血開城だからな」
「下手に守護聖獣たちが暴れると教会までが壊れる!」
聖職者たちも訴えた。
「第一、マシロ様が呪いでこんな姿だから仕方なくあんたらに従っているだけですわー。我々はドイツ系のあんたらと戦う義理がないわー」
貴族に抱きあげられた子犬大のマシロはテレーゼに長い舌を出した。
「気苦労かけて済まないぜぃ」
議会が閉廷してマシロはブダに戻り、翌日もポジョニへ出かけた。
「誰からも見放された私はあなたたちの忠誠にしか頼るものがありません!」
喪の黒いヴェールはテレーゼの白い皮膚を際出せ、ぴったりと身体にあったコルセットで、非の打ち所のない女王の容姿をいっそう美しくした。
長く後を引いた漆黒の裾は威厳を与えていた。
「あんたらの大臣たちが妨害して、我々に武器を渡せないようにしてきたではないか!」
この日もテレーゼはなんの成果が得られなかった。
3日後、議会の途中に船へ向かうテレーゼをマシロは足止めした。
「どこへ行くんだ?」
「ウィーンの王宮へ寄るのよ」
「なら乗っていいぜぃ」
巨大化した白狼に怪訝な顔をした女王の手をマシロは舌を巻きつけた。
「なら、ホーフブルク宮殿へ行ってちょうだい」
テレーゼはまたがり、白狼は西へ飛翔して川と森や平原を越した。
城壁の中心、優美な白鳥が翼を広げた外観のホーフブルク王宮広場へ着いた。
巨大狼の前では赤服の衛兵たちは遠巻きに眺めていた。
数分後、テレーゼが戻って来た。
「プレスブルクへお願い」
ポジョニへ帰ると女王は白狼の頭のマシロを抱きあげた。
「あなたすこいのね! 白様だっけ?」
「マシロでいいぜぃ」
マシロは家路に着いて長い牛の尾の娘や息子たちに「何をしていたの?」と聞かれ「新女王と交渉しているぜぃ」と答えた。
翌日もマリア・テレジアは都市の代表者相手に「勇猛な兵士と軍資金を対プロイセンのために提供して欲しいのです」と訴え、大地主を兼ねたエルトリア貴族たちは「ハプスブルクの大公様は、我らをオスマン帝国への盾として使用し続けたじゃないか」
「連中が撤退したあと持ち直すのが大変だったんですよ。スロヴァキア人がいなかったら農作物もまともに育たなかったからねぇ」
「占領されたのに助けてくれなかった時の賠償金、もしくは我々からの税金の免除、エルトリア自治を認めてやらないと相手にならん!」とゴネていた。何日もだ。
いい大人たちがうら若き女性ひとりから、何らかの特権を得ろうかと難癖をつけながら、逆に要求していたのだ。
一方フリードリヒは女王がポジョニを通っていると知って以来、気がかりでいたたまれなかった。
エルトリア人と仲良くしているというので、夜もおちおちと眠れなかった。
「ハプスブルクには男性がいると思っていたら、こいつが女だった!」