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第1話

 俺は社会人だった。サラリーマンだった。

 でも、死んだ。それでも死んだ。これでも死んだ。あれでも死んだ。なのに死んだ。それなのに死んだ。これなのに死んだ。あれなのに死んだ。だから死んだ? それだから死んだ? これだから死んだ? あれだから死んだ? やっぱり死んだ? やはり死んだ? 死んだシンダしんだ。とにかく死んだ。死んでしまった。残念ながら死んでしまった。


 俺の死因は至ってシンプル。至りすぎるほどにシンプルかつ単純、単純明快。

 交通事故である。言うまでもなく交通事故である。そう、交通事故である。また交通事故と言わないでほしい。またとはなんだまたとは。俺はこれが初めての交通事故だぞ? なのになんだその見たことありますよみたいな反応は。その呆れたような反応は。その見飽きたみたいな顔は。その既視感みたいな顔は。はいはいみたいな顔は。

 そんな顔をされたところで、そんな態度を取られたところで、そんな反応をされたからとて、俺にはどうすることもできない。どうしてあげることもできない。

 何故なら、もう死んでいるのだから……。

 え? その死んでいるのがダメだって? では、どうしろと? じゃあ、どうしろと? 俺にどうしろと?



 まあいい。もういい。

 今はそこが問題ではない。もうそこが問題ではない。新たな問題が起きている。起き始めている。

 死んだのだけれど、死んだはずなのだけれど、俺には意識がある。意識がハッキリと、スッキリと、キッパリと、スッパリと、とてもしっかりと、きっちりと、がっちりとしている。

 一度は遠のいて、失われたはずの俺の意識だったが、何故かここに来て、ここまで来て、盛り返すなんてことがあるとは思いもしなかった。思ってもみなかった。

 しかし、だがしかし、目覚めたのはいいが、覚醒したのはいいが、ここは一体全体何体、どこなのだろうか?

 目が開いているのか、閉じているのか、何かを見ているのか、何も見ていないのか、わからなくなるほどに暗い、それは暗い暗い、それはそれは暗い暗い暗い、どこか。

「ニャー」

 猫の声が聞こえる。

「ニャーン」

 俺の溜息と同じタイミングで、寸分違わず、全くの同じタイミングで、ズレることなく、ブレることなく、猫が鳴く。

「ミャーン」

 猫の鳴き声は心なしか疲れているようにも聴こえる。俺の溜息に同調でもしているのだろうか。共鳴でもしているのだろうか。


 それにしても、それにしてもだ、それにしてもである。俺の声はどこだろうか? 俺の声はどこに行ってしまったのだろうか? どこに行ってしまわれたのだろうか? 溜息を吐いているはずなのだが、一向に俺の声が聞こえてこない。いつになったら、いつになれば、いつまで待てば、俺の声は聞こえてくるのだろうか?

 待てど暮らせど聞こえてこない。聞こえてくる気配がない。

 では、ではでは、なら、ならなら、思考を変えてみるとしよう。やり方を変えてみるとしよう。方向性を変えてみることしよう。

 溜息だから、溜息だかこそ、猫の声に、猫の鳴き声に、負けてしまうのかもしれない。負けてしまっているのかもしれない。

「ニョーーン!!!」

 いやいやいや、なんで猫の鳴き声も大きくなっているんだと。おかしいではないかと。というか、空気を読め。空気を読んでくれ。空気を読んでください。空気を読みなさい。

 今俺は、自分の声の音声確認をしているのだから、なのだから、それを遮ってはダメだろう。どう考えてもダメだろう。

 俺の声を遮るほどの鳴き声、猫の声量も侮れないものがあると、思わず、思いもよらず、感心してしまう。感心してしまうではないか。



 とりあえず、これ以上音声テストを邪魔されたくはない。最初は可愛い鳴き声だと聞き流せたが、可愛いだけでやり過ごせたが、そろそろ可愛いだけでは片付けられなくなってきている。片付けることができない状態になってきている。

 そんなわけで、こんなわけで、どんなわけで、あんなわけで、そういうわけで、こういうわけで、どういうわけで、ああいうわけで、猫を探してしばらくの間、黙ってもらうことにしよう。そうだ、そうしよう。なぜ最初からそうしなかったのか。最初からそうすればよかったではないか。


 そうと決まれば話は早い。あとは簡単だ。あとは単純だ。猫を探して口止めすればいい。猫は俺の近くで鳴いていた。ならば、であるならば、俺の付近に位置取っているはずだ。陣取っているはずだ。

 フルフルと、クルクルと、フラフラと、グルグルと、クルンクルンと、グルングルンと、フルンフルンと、ブルンブルンと、辺りを見回しても、首を振って見回っても、どこにもどこまで行っても、猫らしき生き物の姿が見当たらない。

 前々から思っていたが、猫は危機回避能力が高いと思う。探そうとしたり、捕まえようとすると、途端に逃げ出してしまう。どうやら、俺の近くにいた猫も、危機を察知して逃げ出したようだ。逃げ出してしまったようだ。


 さて、さてさて、さてと、これでようやくちゃんと音声確認ができる。心置きなくできる。

 それでは深呼吸して、全力で、行くよ? 行くぜ? 行きますよ? せーの!

「ギニャアアアアアア!!!」

 !!!!????

 まさか、まさかそんなことがあるのか、あり得ない、あり得てはならない、俺は咄嗟にその場にあった水溜りに自分を映す。自分を映し出す。自らの姿を見る。自らの姿を確認する。

 水溜りに映る自分と目が合う。しっかりと目が合う。ガッツリと目が合う。なんだちゃんと猫ではないかと。自分がちゃんと猫であることに一安心。ホッと一息。

「ニェ? ニャビィイイイイイイン!!!!????(え? 猫ぉおおおおおおおおお!!!!???)」

 水溜りという鏡の前で、何をしても、どんなポーズをとっても、どんな決めポーズをしても、どんな仕草をしても、頭を撫でても、手をペロペロしても……って、手をペロペロしたらそれはもう猫じゃん。それはもう猫だよ。それはもう猫ですよ。それはもう猫なんですよ。

「ニャルニャガニャグニャガニャゴニャゴゴ!?(一体全体何体、どうなっているんだ!?)」

 もはや俺は日本語なら言葉を、言語を、話すことすらできなくなってしまったらしい。もうただの猫。360度猫。どこからどう見ても猫。上から見ても、下から見ても、横から見ても、斜めから見ても、見上げても、見下ろしても、猫ネコねこ。

「ニャクシ……。(終わった……。)」



 自分が猫になってしまったことはもうわかった。よくわかった。わかりすぎるほどにわかった。

 問題は猫になった俺はこれからどうするのかというところに移行するだろう。

 何もない、何もないわけではない、何もないがある、ただただ暗いだけの洞窟を放浪すること、どれくらいの時間が経ったのだろうか? 時計も何もない、この洞窟オブザイヤーの中で、果たして俺という猫はどのような立場にあるのだろうか? ペット? 魔物? 

 しかし、だがしかし、これだけは確かなことがある。一つだけ確かなことがある。俺は人間ではないということだ。もう人間ではないということだ。


「ビニャンヤニャン(それにしても、腹が減ったな)」

 そろそろご飯を食べたいところだが、ところなのだが、果たしてゴツゴツした、ガツガツした、ゴロゴロした、岩しかない洞窟の中で食料と言えるものはあるのだろうか?

 俺はこれからこの身体でどこに辿り着くのだろうか? どこまで辿り着けるのだろうか?

 次回に続くのだろうか? そもそも続ける必要があるのだろうか?

 謎のない、謎がないから謎が深まりもしない、何もしない、何も起きない、そんな物語でいいのだろうか?

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