佐藤君と小山さん
あの子は今日もいじめられている。
教室でいじめを受けている一人の少女を見てそう思った。
「はあ~またやってんのかあいつら」
「よくあきねーよなぁ、いじめなんてしてて」
「おまえもそう思わねぇか」
隣の席のやつが俺にそう問いかけてくる。
でも、俺は彼の返答に答えずにただ無言で一人の少女を見ているだけだった。
「おい何か言ったらどうだ」
「・・・」
「おまえ、いじめ見てても何も思わないのかよ・・・」
「・・・」
「チッ、何かしゃべれよ」
彼はそう言って視線を自分の席に戻すと、それ以上俺に話しかけることはなかった。
*********
初めに言う、俺の父親は飲んだくれで暴力をしょっちゅう振るうどうしようもない人だ。そのせいで母親も離れ俺はその父親と二人でずっと暮らしてきた。父親のせいか、俺は俺以外の人が嫌いでいつも一人でいた。嫌いというより一人の方が気が楽だから一人になりたかったのかもしれない。
「ただいま」
家に帰ると帰宅の言葉を告げた。そしてその言葉に反応するように一人の男が姿を表す。
父だ。
「おう、来たな」
「ちょっと腹立っててよ、殴らせろ」
父は当たり前のように、そんなことを言った。
彼は俺のことを息子だと思っていないのだろうか。父親らしいところを見たことなど殆どないに等しい。でも、息子として親から愛情を受けたいと思うことは当たり前だと思うのだ。
だから、こんなことをしても無意味だって分かっていたけれど、少し父に嫌悪の顔をして見せる。
「あ」
「何だその顔」
「誰が授業費出してると思ってんだ!!」
「おまえは黙って俺のストレス発散に付き合ってれば良いんだ」
そう言うと父は俺の腹へ拳を思いっきり入れた。
「ぐふっ」
「ああ・・あ・・・」
そして俺は腹を抱え膝から倒れた・・・
こんなことを何回繰り返しただろうか、あと何回繰り返すのだろうか、家に帰るたびに毎回そんなことを考える。
父に今の様な小さい反抗ではなく、大きい反抗をしたい気持ちはある。だけどそんなことをする勇気はなかった。
俺はいつも逃げるばかりなのだ・・・
そんな俺の一番の楽しみ、それは学校の中庭で寝そべって何もかも忘れることだった。俺がやっていることはただの現実逃避に過ぎなかったけど、それでも俺にとってこの時間は幸せだった。学校の他の生徒はいつも友達と話して楽しそうに、幸せそうにしている。
俺だって本当は・・・
ずっと人を避け続けた俺は、いつのまにか自分以外の人間に嫌悪感を持つようになってしまっていた。
話しかけてくれる人はいたのだ。友達が出来るチャンスなんていくらでもあったのだ。
嫌悪感さえ抱かなければ・・・
そんな学生生活を過ごして、中学生活も半ばを過ぎた頃、俺はある女の子と出会った。そしてその出会いが俺にとって唯一の光だった。
*********
「はぁ・・・やっぱり昼休みの中庭で寝そべってるのは気持ちよくて最高だ」
ザクッザクッザクッ
「ん?」
俺がいつものように寝そべっていると、誰かが近づく音が聞こえてきた。不思議に思い、体を起こして足音の方へ振り向くと、一人の見知った少女が俺を眺めていた。
「あ・・・」
「えっと・・・」
突然振り返った俺に戸惑った彼女はあたふたし
「と、隣良いですか・・・」
そう問いかけてきた。
あまりにも突然だったため、俺もどうすれば良いか分からず沈黙してしまう。
「あ、す、すみません突然過ぎますよね・・・」
「えっと、その、わ、私小山千穂です・・・」
「あの・・いつも佐藤君ここで幸せそうにしてるから・・・」
「どんな感じなのかなぁ・・て」
彼女は凄くたどたどしていて、あまり会話が得意そうではなかった。
それもそのはずだ。
彼女は俺のクラスメイトで俺と同じくいつも一人でいるのだから。
そんな彼女から声をかけられるとは思いもしなかった。
きっと凄い勇気がいることだったと思う。
「何もかも忘れられて、凄く清々しくなれる・・・」
「え」
今でも不思議に思う、なぜ俺は彼女に返答することができたのか、なぜ彼女に嫌悪感を抱くことがなかったのか。
「小山さんも俺と同じように横になりなよ」
そう言うと小山さんはこちらに笑顔を向け「ありがとうございます」と言い、嬉しそうな顔をして寝そべった。
自分の横に一人の女の子がいる。そう考えるたびに心臓が高鳴り、どうすれば良いのか考えてしまう。
友達がいない俺にとって、こういう時どうすれば良いのか全くわからないのだ。
「あの・・・どうかな・・」
悩んだあげく俺は感想を聞いてみた。
「佐藤君の言うとおり凄く心地良いです・・・」
「それは良かった」
*********
それから1週間、俺は小山さんと毎日のように中庭で会い、様々な話をした。そして小山さんの過去を知った。
小山さんは内気なせいか小学校の時にいじめを受けとても苦しんだという。中学校に上がってからはいじめられなくなったらしいが、いじめの原因となった自分の内気な所を直したいそうだ。
「それで俺に話しかけてくれたんだ」
「はい・・・」
「佐藤君はいつも私と同じでひとりだから・・・」
「佐藤君なら話せるかも知れないって・・・」
「あ・・・」
そう言うと彼女は急に焦りだし、寝そべった体を起こして、言い訳するように身振り手振りしだした。
「ご、ご、ごめんなさい」
「私と一緒なんて言ってしまって」
「私と同じなんて迷惑ですよね・・・」
迷惑・・・か。
「ははは」
「むしろ嬉しいかな」
俺がそう言うと小山さんは怪訝な表情で首をかしげた。
小山さんは俺なんかとは全然違う、何もしないで逃げてる俺なんかとは・・・。
それに、小山さんは地味目な顔ではあるものの小柄な体型と仕草が相まって凄く可愛い。
そんな子に自分と一緒と言われて嬉しくない人はいるのだろうか。
「え」
「な、何でですか」
「だって小山さん、可愛いし・・・」
そういうと小山さんは顔を赤くして黙ってしまった。しばらくした後小山さんは微笑みながら俺の方を向いた。
「そんな事言われたの初めてなので嬉しいです」
「まだ、一週間しか経ってませんけど、私、最近佐藤君と話すのが楽しみで学校に行くのも楽しくなってきてるんです」
「なので、その、これからも一緒にこうやって会っても良いですか・・・」
小山さんも同じ気持ちでいることに俺は安堵した。それに伴って、心が満たさせていくのを感じた。
「もちろん」
小山さんと話している時はとても楽しくてそれは中庭で寝そべっている以上に幸せだったのかもしれない。俺は次第に小山さんのことばかり考えるようになっていた。そして俺は思った、小山さんは自分としっかり向き合って頑張ってるのに、俺は頑張らなくて良いのかと・・・
*********
家に帰った俺は、少しでも変わるために父に反抗しようと考えた。思いついたことは父を無視すること。
いつも通り玄関に来た父は俺にいつも通りに言葉を投げかけてくる。
「おう、来たな」
そう言った父を無視して俺は横を通り過ぎた。
すると父は俺の胸ぐらをつかんで思いっきり腕を振りかぶり・・・
顔を殴った。
俺はその場で倒れ、父を睨み付ける。
でも・・・
父の怒りで歪んだ顔を見て、「ごめんなさい」と思わずこぼしていた。
*********
次の日、俺はいつも通り中庭に来た。しばらく経って小山さんが来ると、彼女は俺の頬の腫れを見て目を丸くした。そして心配した表情を浮かべた。
「佐藤君そのケガどうしたんですか・・・」
俺は少しでも小山さんの心配を減らす為に、笑顔を浮かべる。
「ああ、昨日の帰りに転んでぶつけちゃって」
「え・・・」
「全然大丈夫だよ」
正直結構痛いけど、強がってしまった。小山さんに心配して欲しくない気持ちが強かったけれど、その中には小山さんに強いところを見せたかった気持ちもあるのかも知れない。
すると彼女は強がりに気づいたのか、少しムッとした表情を浮かべる。
「来てください」
「え」
「保健室に行きましょう」
小山さんはそう言うと俺の手を掴んで、保健室に連れて行こうとした。これで断ったら、心配してくれている小山さんに失礼になると考えた俺は、素直に保健室に行った。
先生に治療を受けた俺は保健室のベットに小山さんと一緒に腰掛けた。
「ありがとう小山さん」
「いえ、私の我が儘なので・・・」
「無理矢理連れてきちゃってごめんなさい・・・」
「そんな事無いよ、心配してくれて凄く嬉しかった」
「ありがとう」
「はい・・・」
俺がそう言うと小山さんは安心したように笑みをこぼした。なんとなく気恥ずかしくなった俺は小山さんから視線を反らす。後には心臓が鼓動する音が響くだけだった。
*********
小山さんと会ってから一ヶ月程が経った頃、中庭で小山さんと一緒にいることが当たり前だと感じるようになっていた。
「え!」
「佐藤君って「ヒマワリの空」好きなんですか!?」
ヒマワリの空とは一年ほど前にやっていたドラマのことだ。
父は酒を飲む時に決まってテレビを付けているのだが、その際に丁度ヒマワリの空がやっていたのだ。
全ては観れていないのだが、7割程は観れている。
「うん。あのドラマ凄い感動しちゃって」
「分かります!」
小山さんがいつにもましてテンションを上げている様子を見て、思わず笑みをこぼしてしまう。
それを見た小山さんは、恥ずかしさからか顔を赤くしてシュンと身を縮めた。
「ご、ごめんなさい、ちょっとテンションが上がってしまって・・・」
「いや、小山さんの違う一面が見れて楽しかった」
「う・・・」
その後はヒマワリの空についてどういう所が好きだったか、どういう所で感動したか、思い思いに語り合った。
「恋をするっていいですよね・・・」
「俺もそう思う・・・」
ヒマワリの空は三十歳の男が一人の少女に恋をしてしまう所から始まる。
主人公は少女との年齢差から様々な苦労をするのだが、その壁を精一杯登って頑張り続けた。そうして頑張り続けた主人公は少女と結ばれることはなかったけど、主人公が少女に最後にしたことがどうしようもなく温かくて、切なくて、とても感動できるのだ。
「恋をする・・・か」
今まで意識したことがなかったけれど、恋をするってことはその人のことを常に考えていて、その人のことを考える度に胸が満たされることなのではないだろうか。
それって・・・
そう考えて、俺は自分がとっくに恋をしていることに気づいてしまった。
*********
小山さんと会って二ヶ月が経った。
「佐藤君の好きな食べ物ってな、何ですか」
「俺の好きな食べ物か」
「う~ん」
「ハンバーグとか」
正直に言うと俺は父親のせいであまり良いものを食べていない。あの人は俺をほとんど道具としか見ていないから・・・
本当になんで俺を学校に通わしているのかいつも不思議に思う。
それなのに何故ハンバーグを食べたことがあるのかというと。
一回だけ父がパチンコで大当てして、機嫌が良かったついでにファミレスで外食させてもらったことがあるからだ。
その時食べたハンバーグが今でも思い出すぐらいおいしかった。
「ハンバーグか・・・」
「ハンバーグなら・・・」
小山さんの言葉は気になったけど独り言みたいだし俺には関係のないことだろう。
今はそれよりも小山さんに前から言いたかったことを言おう。
「小山さん」
「何ですか」
「嫌だったらいいんだけど」
「敬語をやめてもらえないかな、なんて・・・」
彼女は一瞬怪訝な顔をしたけど、俺が何を考えているのか分かったらしく少し照れたように顔を赤くする。
「小山さんが敬語使うと何か距離感があって嫌だっていうか」
「その」
「俺、小山さんともっと親しくなりたいから・・・」
俺の話を聞いた小山さんは先ほどよりもっと顔を赤くしていた。
「私も同じだよ・・・」
「慣れてないけど・・・」
「私、頑張るね・・・」
彼女が凄く恥ずかしそうにしてることから、本当に慣れていないことが分かる。
それでも、俺の為にため口にしている彼女を見ると、なんだか凄く愛らしくて、幸せな気持ちでいっぱいになる。
「佐藤君、あのね・・・」
「私、最近佐藤君といるといつもどきどきして」
「私、佐藤君のこと・・・」
小山さんはそう言いかけてやめてしまったけど、俺と同じ気持ちなら何を言おうとしていたかなんとなく分かってしまう・・・
でも
彼女の気持ちに気づいているはずなのに・・・
逃げてしまう・・・
きっと彼女も同じなのだろう。人間関係に疎い俺達は関係を大きく進めてしまうのが怖いのだ・・・
それから一週間後いつもの中庭で俺はいつも通り小山さんと一緒にいた。
「佐藤君いつも昼食、パン一個しか食べてないよね・・・あの」
「余計なお世話かも知れないけど・・・お弁当作ってきたんだ」
小山さんは照れながらそう言うとかわいらしい熊の模様が付いている弁当箱を出した。
弁当箱を開くと中には色とりどりの食べ物と、ハンバーグ・・・。
俺はその時今までで一番の幸福感を感じていた・・・。
*********
俺と小山さんはそれからも一緒に会っていた。でも幸せな時間はそう長くは続かないものなのかも知れない。
それは俺達が中学三年生の時のこと。教室で一人の女子生徒があることを呟いた。
「ねぇねぇ聞いて、小山と佐藤ってできてるらしいよ」
「え!?あの二人できてんの」
「まじかーー」
その言葉を聞いて教室の数グループがその話題を始めた。その様子を見ていた俺はその場に居づらさを感じ教室を出ようと席を立つ。そして、教室を出ようとする時だった。
「でも正直お似合いだよねーー」
「まあねぇ、あの二人って教室でも空気だしぃ、暗いしぃ、キモいしぃ」
「言えてる、キモキモカップル成立ってか」
「あはは何それ、笑える」
その会話を聞いた俺の顔は多分小山さんには見せられないだろう。
だって、俺の大嫌いな父親と同じ顔をしていただろうから。
それから俺達は「キモキモカップル」「幸せにー(笑)」「早くいちゃいちゃしろよー」など、もはやいじめともとれるようないじられ方をしたが、もうすぐ卒業が近いため前向きに考えることができた。
でも、俺は考えてしまったのだ。俺がいなければ小山さんがいじられることはなかった。俺がもっと出来る人間で小山さんをサポートすることが出来たら、俺がもっと、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が・・・・・・
俺がいけないんだ・・・
*********
「小山さん最近大丈夫」
「うん・・・」
「ちょっと、キツいって思うときもあるけど、その、・・・・・・佐藤君がいるから」
最後の方は小さくて聞こえなかったけれど、小山さんもキツいと感じていたことは分かった。そして、その原因を作っているのは俺だ。
「あ、そうだ。佐藤君に聞きたいことがあって、佐藤君ってどこの高校行くのかなぁって」
「え」
「も、もし良かったら、一緒の高校に・・・」
小山さんは顔を赤くしてそう言った。俺も彼女と同じ高校に行きたい。
でも俺は最近の教室での出来事を通して考えた。俺が小山さんと一緒にいるには変わらなければならない。強くならなければならない。俺のせいで小山さんを傷つけないためにも。
「ごめん小山さん」
「俺小山さんとは違う高校に行きたい・・・」
「え・・・」
俺はその時の彼女の憂いに満ちた顔を忘れない。
俺が彼女にそんな顔をさせてしまった事を・・・
「そ、そうだよね」
「佐藤君も事情があるもんね・・・」
それからもいつも通り俺たちは会っていたが、小山さんは卒業が近づくにつれ元気がなくなってきていた・・・
そして俺達は卒業した。
今思い起こして見れば俺はただの馬鹿だった。本当にどうしようもなく馬鹿だった。
もし昔に戻れるのだったら思いっきりぶん殴っている。
彼女の本当の気持ちを分かっていたはずなのに、自分が変わること何て出来ないと分かっていたはずなのに、自分の本当の気持ちが分かっていたはずなのに。
*********
卒業式が終わった後、俺は今度こそ変わると決意して玄関の扉を開いた。
「ただいま」
いつも通り帰宅の言葉を告げたのだが、父が出てくる気配はなかった。今日は違うパターンか。
俺はそう思いながら父がいるであろう居間に向かう。
ガシャン
居間に向かう途中何かが割れる音がして、嫌な胸騒ぎに襲われた。
居間に入ると、そこはひどく散らかされており、食器やビンの欠片が散在していた。
その光景を見て俺はゾッとする。
この光景を覚えていたから・・・
あれは俺が小学校5年生の時、父が会社のリストラで仕事を辞めたとき。
「圭斗」
父は俺の名前をこぼす。
それだけで俺はここから逃げ出したくてたまらなかった。
(俺、小山さんとは違う高校に行きたい)
俺の頭にそんな言葉がよぎる、そうだよ俺はこれから変わるんだ・・・
逃げちゃ駄目だ。
「言わないと分からないのか」
「こっちに来い」
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い・・・
でも
「だ・・」
「いやだ・・・」
そう言った瞬間父の顔はゆがんで見えるほど怒りが混じった表情に変わった。
「来いって言ってんだ!!!!」
ああ、だめだ・・・やっぱり俺、変われない・・・
俺は言われるがまま父の元に行き、無慈悲で哀れみもない暴力を受けた・・・
それから日が経ち高校の入学式の日、俺はまだ少しばかり変わることの希望を抱えていた。
全く知らない生徒、全く知らない教室、それを感じるたびに希望は増えていく。
「よ」
「名前なんて言うの」
隣に座った一人の生徒からの声を聞き、俺の希望は更にふくれあがる。
でも
「・・・」
なんで・・・
「なんだよお前自分の名前分からないのか」
なんでだよ・・・
「・・・」
希望とともにふくれあがるもう一つの感情。
他者に対する嫌悪感。
小山さんには感じなかったもの・・・
「なんだよこいつ・・・」
俺に話しかけてくれた生徒は俺に不快と言わんばかりの表情を向け、もう一つの隣の席に座っている生徒に話しかけ始めた。
それから一ヶ月間俺に話しかけてくれる生徒は何人かいたが、誰もが俺に不快な表情を向け去って行く。
俺は正直もう何もかもがどうでも良くなっていた。家でも学校でも俺の扱いはゴミのようなもの。
(これからも一緒にこうやって会っても良いですか・・・)
俺は
(佐藤君といるといつもどきどきして)
馬鹿だ
(佐藤君も事情があるもんね・・・)
俺の事を必要としてくれている人がいたのに
俺が必要としている人がいたのに
俺は何をしているんだ・・・
あの時に戻りたい・・・
あの幸せだった時に・・・
俺は高校二年の初春転校した、彼女がいる高校へ・・・
*********
転校し、ホームルームでの紹介の時俺の視界に一人の少女が映った。
小山さんが同じクラスというだけで俺の心は締め付けられる。俺はすぐに小山さんに話しかけたかった。
ホームルームが終わり小山さんの元へ向かう。
「小山さん・・・」
「佐藤君・・・」
俺は小山さんに話しかけたが、彼女はそんな俺を見てとても申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん・・・あまり私に話しかけないで・・・」
なんで・・・
小山さんがそう言った瞬間俺の心ははち切れそうになった。
そんな俺に何かが当たる感触が伝わる、下には丸まった紙。
それは少し離れた所に座っている女子生徒が投げたものだった。
俺はその紙を開いて、見た。
{そんな価値のないやつにしゃべりかけない方がいいよ}
なんだこれ・・・
小山さんのことを言ってるのか。
ふざけるなよ・・・
小山さんはそんな人じゃない。価値がないなんて絶対にありえない。小山さんがまたいじめられるなんてそんなことあっては絶対に・・・
俺は小山さんの方を向き自分の情けなさを感じた。
彼女のこんな苦痛な顔なんて見たくなかった・・・
それから数日間俺は彼女がいじめられているところを黙って見ていた。何もできない自分が情けなかった。許せなかった。
小山さんのことが好きじゃなかったのか。
なんで、何もしないんだ。動こうとしないんだ。
いじめのことを俺に尋ねたやつが言う。
(おまえいじめ見てても何にも思わないのか)
思わないわけないだろ・・・
俺に何か出来るならやりたい・・・
でも、動けないんだよ。動こうとする度に足が竦んじまうんだよ。彼女へのいじめを止めるには今まで踏み出せなかった一歩を踏み出さなきゃいけない。父への反抗をいつも中途半端で終わらせることとは訳が違うんだ。
それを考える度に怖くなって、どうしようもなく怖くて、逃げてしまう・・・
もう逃げたくない・・・
逃げるのは嫌だ・・・
でも
それと同じくらい傷つくのも嫌だ・・・
教室で一人苦渋していた俺に苛む声が聞こえてくる。
「千穂ちゃ~ん」
「ちょっと頼まれてくれないかなぁ」
それは教室の廊下から。
「これ購買で買ってきて欲しいんだけど」
「お、お金は・・・」
「私達貧乏なんだぁ」
「千穂ちゃん買ってくれるよね」
お願いだから、これ以上小山さんを傷つけないでくれ・・・
「でも・・・」
「買ってこいって言ってるの聞こえないのかな」
「わ、わかりました・・・」
小山さんは反発しようとしたけど、相手の明らかな声の変化にそれ以上反発することができなかった。
「2分で買ってきてね~」
「千穂ちゃんがんば~」
「あははははは」
俺はその様子を黙って見ていることしかできない。
こうやって俺は逃げ続けるんだろう。これからも。ずっと。ずっと。ずっと。
自分の為に・・・
父への反抗を何で止めてしまうのか、そんなの簡単だ自分が痛い思いをこれ以上したくないから。
小山さんから何で離れたか、自分のせいで小山さんが傷ついてしまうのが見たくなかったから。
何でいじめを止めないか、自分が傷つくのが怖いから。
自分の為に
自分の為に・
自分の為に・・
自分の為に・・・
自分の為に・・・・
自分の為に・・・・・
自分の為に・・・・・・
自分の為に・・・・・・・
ああ、そうか・・・
いつも自分の為だったんだな
だったら
彼女の為なら、俺は・・・
どうしてだろう。
彼女を救いたいと思えば思うほど、彼女の為に動こうと思えば思うほど、自分のことが見えなくなってくる。
いつのまにか俺の足は動いていた。
*********
「ん?手紙」
ロッカーの中に手紙が入っているのを見た藤野美咲は怪訝な顔でそう言った。
「なになに手紙~」
「もしかしてあれじゃない」
「ラブレター」
藤野の友人である二人は青春のような出来事に楽しそうにそう言った。
「ちょっと茶化すのやめてよ」
その二人の反応に藤野は満更でもないように笑う。
「はいはい」
「いいから見なってーー」
藤野は連れ添いの二人に茶化されながら、手紙を見た。
「え・・・」
「何よ・・これ」
しかし、手紙を見た藤野は驚愕すると共に、嫌悪の気持ちも沸いた。
{小山さんをいじめている皆さんへ、話があるので屋上に来てください}
手紙の内容は自分たちがいじめている一人の女子生徒に関する物だった。藤野の反応に友人の二人も手紙を見る。そして二人も同様にその顔を嫌悪なものに変えた。
「ちょっと・・何これ」
「何こいつきもくね」
「屋上にいるんだよね」
「どんなやつか見てみようよ」
手紙を見た三人は屋上へ向かった。
*********
屋上の扉を開く音が聞こえた。その先には三人の女子生徒がいた。小山さんをいじめている三人が。
「あ、あんた転校生の」
藤野は驚いたようにそう言う。転校生が急にあんな内容の手紙を渡したら、誰だって驚くだろう。
「あんたが手紙出したの」
「ああ」
「ということは転校したのはあいつの為」
藤野はそう言うが、俺はそんなやつじゃない・・・
だから
「いや、自分の為だ」
素直にそう答えた。
そう答えた俺に意味が分からないと言いたげな表情を浮かべ、「なにそれ」と呟く。
「で、何が目的なの」
「単刀直入に言う」
「小山さんをいじめるのをやめてくれないか」
「はあ?」
藤野は俺の発言にまたもや意味が分からないと言った表情を浮かべる。
「何であんたに決められなきゃいけないのよ」
「そんなの私達の自由でしょ」
そう言われることが分かっていた俺は少しの希望を信じて次の言葉を投げかける。
「もしいじめる対象が欲しいんだったら、代わりに俺をいじめてもらってもいい」
「は?」
正直変われるなら、変りたい。
「あいにくだけど」
「私、男子いじめる趣味ないんだよね」
やっぱりだめか・・・
俺が考えている方法は後一つ、それをやろう。
俺はその場にしゃがみ込んだ。そして頭を下げる。
土下座をしたのだ。
俺にできることなんてこんなことぐらいしかないから・・・
「ちょっ、ちょっと」
「あんた何やって・・・」
「お願いします!!!!!!」
「彼女を!!!!!!」
「小山さんをいじめるのをやめてください!!!!!!」
俺は自分でも驚くぐらい大きい声でそう言った。
「お願いします!!!!!!」
正直情けないと思う。
みっともないと思う。
馬鹿馬鹿しいと思う。
それでも一つだけ言えることがある。
「お願いします・・」
どんなに情けなく見えていたって。
どんなにみっともなく見えていたって。
かまわない。
「お願いします・・・」
「お願いします・・・・」
「お願いします・・・・・」
彼女を救える可能性が少しでもあるのなら・・・
こんな俺でも出来ることがあるのなら・・・
「小山さんは・・俺にとって大切な・・人なんです・・」
彼女は俺が唯一心を許せた人・・・
「だから・・」
彼女が傷つくのは見たくない・・・
「お願いします・・」
「いじめるのを・・」
彼女と過ごした日々を思いだす・・・
思い出すたびに泣きそうになる。
またあの楽しい日を過ごしたいと思ってしまう。
でもそれ以上に思っていることがある。
俺は彼女に笑っていて欲しい・・・
「やめてください・・・」
俺の顔はいつのまにか涙で濡れていた。涙で全身が震えていた。一体どれくらい俺は泣き叫んでいたんだろう。
2分、3分、いやそれ以上だろうか。
俺の喉はいつのまにかガラガラになっていて。体の全ての水を出してしまったんではないかと言えるぐらい涙を出して。
俺は俺にできることを精一杯した。
そして
「お願いします・・・・・・」
「小山さんを・・・・・・・」
「小山さんを・・・・・・・」
俺が次の言葉を言おうとしたとき、藤野は口を開いた。
「馬鹿じゃないの!!」
「気持ち悪いんだよ!!」
「お願いします・・・・・・」
「だから!」
「お願いし・・・・・・」
「あー!!もう、止めろよ!」
藤野はそう言うと俺の顔を蹴り、憤るように見た。その顔には苦痛なものも混じっているように見えた。
「馬鹿じゃないの!!!」
俺はそれでも頭を下げるのを止めなかった。
「惨めだって思わないの!!!」
いくら暴言を言われたって変わらない、だって俺は・・・
「それでも小山さんのことが好きだから」
俺はずっと言えなかったその気持ちを言った。
今まで泣いていたのも嘘のように、真剣な目で言った。
「っつ!」
俺のその目を見た藤野は、目を丸くして一歩下がった。
「馬鹿じゃないの・・・」
「ああ、俺は馬鹿だよ、どうしようもないくらいな・・・」
俺がそう言うと、藤野は諦めたようにため息をついた。
そして
「止めるわ」
そう言った。
「え」
俺は最初何が何だか分からなかった。でも次第に小山さんを救うことができたかも知れないという気持ちが湧き出てくる。
「ちょ、あんた、何また泣いてんの・・・」
「本当に気持ち悪い・・・」
小山さんを救えたかも知れないという安堵感で、俺はまた泣いてしまっていたらしい。
「まあ、気持ち悪いあんたにこれから何度も頭を下げ続けられるかもしれないのはめんどいからね」
「・・・」
「気持ち悪いあんたに免じていじめるのは止めるわ」
「・・・」
そこまで気持ち悪い気持ち悪い言わなくても。
普通につらい・・・
「二人もそれでいい」
藤野は友人二人にそう言うと、話題を振られると思ってなかったのか、二人は呆然とした表情を狼狽させた。
「え、あ、み、美咲が良いならそれで良いんじゃないかな!」
「あ、うん、私もそれで」
「そういうことだから」
そう言葉を残し藤野達は屋上を出た。
静かになった屋上で俺は一人で考えた。自分が小山さんを救うことが出来た事。逃げずに一歩踏み出すことができたこと。
そう考え安心したからか自然と笑いが出てきた。
「は」
「ははは」
「ははははは」
「はは・・は・は・・」
そしていつのまにか涙がこぼれていた。先ほどまで泣いていたにも関わらず、俺の目からは涙が止らなかった。そこからは箍が外れたのか今まで辛い時に泣けなかった自分を洗い流すように、泣き続けた。
*********
あれから彼女たちが小山さんをいじめることはなくなり、小山さんは俺に話しかけてくれるようになった。
小山さんの話によると俺に迷惑をかけたくなくて話しかけなかったらしい。
「佐藤君が転校してきたときは驚いたし、」
「いじめのことなんか忘れるぐらい嬉しかったな・・・」
その言葉を聞いて俺は改めて後悔した。俺が最初から小山さんと同じ高校に行っていれば・・・
「それにしても何で私いじめられなくなったのかな」
俺はその理由を知っていたけど彼女には言わなかった。
理由は簡単、単に恥ずかしかったからだ。
なにせ、小山さんへの気持ちを全てぶち当ててしまったのだし、なかなか言いづらい・・・
*********
一年ぶりの佐藤君との会話は凄く楽しかったし、また佐藤君と一緒にいられると思った私は凄く幸せを感じてた。
放課後の帰りロッカーの靴を取ろうとしたとき、私はロッカーの中に手紙が入っているのに気づいた。
「あれ、ロッカーに手紙入ってる」
「誰からだろう」
「え・・・」
「ふ、藤野さんから・・・」
ゾッとした。
またいじめられるのではないかと・・・
私は恐る恐る内容を見た。
[気持ち悪い彼氏とお幸せに]
「え」
「彼氏ってもしかして佐藤君のこと」
「でも気持ち悪いって・・・」
私は佐藤君を気持ち悪いと言われたことにムッとした。
佐藤君は優しいし、一緒にいて楽しいし、笑うとちょっと可愛いし・・・
いつのまにか藤野さんに反抗していた私は、佐藤君の事が好きな私自身になぜか気恥ずかしさを感じ顔を赤くした。
「彼氏・・・か」
中学生の時に佐藤君と付き合ってると思われていじられたことがあった。
内容はほとんどいじめの様なモノだったけど、佐藤君が一緒にいると思ったら辛くても頑張れた。
でも佐藤君が私と離れると言って、一緒にいたいと思っていたのは私だけだったのかも知れないと思って、佐藤君は私といることが本当は嫌だったのかもしれないと思って、その日から私は佐藤君といるのが辛くなった。
佐藤君が好きなことは変わらない。だからこそ佐藤君と一緒にいることができないのは凄く辛かった。
「佐藤君が本当に彼氏だったらなぁ・・・」
「でも、なんでこんな手紙出したんだろう」
「そういえば・・・」
私はいじめがなくなったのが佐藤君が転校して来てから二週間後だということに気づいた。
「もしかして佐藤君・・・」
「私のために・・・」
*********
俺は小山さんと話した次の日、彼女からいじめがなくなった理由に、俺が関係しているんじゃないかと聞かれた。
(まさか小山さんにばれるとは・・・)
(いつかはばれると思ってたけどこんなに早いなんて)
(神様が俺に正直な気持ちを早く言えって言ってるのかな)
俺は心の中で笑いながらそう考え、小山さんにその日あったことを話した。話を聞いた小山さんはちょっと恥ずかしそうで、でも、とても嬉しそうで・・・
そして
「俺に取ってその・・・」
「小山さんは大切な人だから・・・」
俺は小山さんの方を向きはにかみながら「小山さん俺と付き合ってください」と言った。
そして彼女はこっちを向き笑顔で「はい」と答えた。
俺は何に対してもだめな、どうしようもない男なのかもしれない・・・
でもそんな俺にも一つだけできることがある。
それは小山さんを笑顔にすること。
今はそれだけで十分だった・・・
これから彼女とゆっくり変わっていけばいい・・・
俺にとってそれが一番幸せなのだから・・・
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もし、少しでも良かったと思いましたら、感想をいただけますと ┌(^o^)┘└(^o^)┐ こうなります。