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外出自粛はネギと共に。

作者: 森崎

暇だ。暇だ暇だ。とにかく暇だ。世界情勢の影響で外出を規制されている身である。買い物以外、外に出られない。この状況になってもう一ヵ月が経とうとしている。仕事はリモートワークに切り替わり、平日の日中は仕事をしている。だが、土曜と日曜がとにかく暇だ。もともとインドア派だったから、他の人よりも家で楽しむことには優れているはずなのだが、それでも暇を持て余すほどである。好きなアニメも新作のドラマも見尽くしたし、興味のある映画だってすべて見尽くした。読書をするにもさすがに飽きてきたしやることがない。



何をする考えているうちにもう夕食の準備の時間だ。私と嫁とで二人分。何を作ろうか。冷蔵庫の野菜室から取り出したのはネギだった。


ネギ。しばらくリモートワークと外出自粛で人と会っていなかったからか、そのネギに向かい合った瞬間に愛情を感じてしまった。


いつもご飯の材料を買いに行く道の駅で出会ったネギ。生産者は山本たか子さんと書いている。私が住んでいる町の隣の町で育てているとのことだ。


さらにまじまじとネギを見る。


しかしこれまた根元から力強く、先の方までしっかりしている。この状態で、私の手元まで来るのにどれだけ山本さんに大切にされたんだろうか。


まず、最初の山本さんとネギとの出会いは種の時なのだろう。食べてもらう姿になるよりうんと前に、たった一粒の種が山本さんの手によって植えられる。山本さんもネギを守るための設備は万全にしているのだろう。水が多すぎてもダメ、少なすぎても枯れてしまう。風でネギが傷んでしまってもいけないし、鳥に食われてしまうのも山本さんは防がなければならない。それを防ぐために、ビニールハウスを建てたのだ。山本さんは汗水流して建てた。それはもう全力である。杭という杭はしっかりと地面に打ち込んだし、雨や風、鳥などから作物を守るビニールも高級なものを選んだに違いない。自分が育てる作物、つまり息子のような存在がそこで育っていくのである。息子がすくすく育っていく環境を作ってやるのは母親の使命。それを考えると少々の重労働なんてなんてことないのだろう。


種が植えられ、数日。山本さんはこの日も朝からビニールハウスに向かう。ネギが育てられているハウスの扉を両手でグググっと開けると、そこにはネギの新芽が出ていた。数日前までは黒くて丸い種だったものが、今や青々と、小さいながらに精いっぱい生きているのが確認できた。それだけでも感動だが、山本さんはそんなところでまだまだネギたちの成長を止める気はない。


肥料、水やり、雑草抜き、温度管理など、ネギが一人前になるまで一番いい状況を用意してあげるのだ。

ここで手を抜くなんてことは山本さんにはできない。それはもう毎日朝から晩までずっと気にかけている。最後、最高の状態で包装され、道の駅のヒノキでできた商品台に並ぶことを考えて。ネギたちの晴れ舞台のためには山本さんは力を抜かない。


毎日毎日、曜日に関係なく、様子を見に来てはよりいい環境を追い求め、膨大な時間をネギたちにつぎ込んだ。そして、山本さんの努力に応えるようにネギたちは大きくなっていった。


立派に育てられ、立派に育って、最高の状態でその時はきた。


ついに土から出発する時が来たのだ。別れがあるのはさみしいものだ。ただ、最後に土からネギを抜く山本さんのその手は暖かく、そして何よりも優しかった。愛情が込められるとはこういうことなのだとやっと理解ができた。そして、道の駅に運ばれた。山本さんの手から店員さんにそっと渡されたネギたちは、丁寧に陳列された。


そして私が購入したのだ。たったネギ一本。たったの二百円のネギ。しかし、値段以上の価値があり、ストーリーがあったのだ。ひょっとしたらほかに愛されて育てられた作物があるのかもしれない。しかし、そんなストーリーを想像してしまった私は山本たか子さんの育て方に感動した。そしてこのネギとの出会いに感動した。


外に出られない日が続いたから気がおかしくなってしまったのだろうか。恥ずかしながら目から涙が流れ出ていた。泣きすぎて目が痛い。


さあ、私も少々つらいが、現実と向き合っていかなければならない。そう思った私はネギを持ってキッチンへと歩んだ。


キッチンには嫁がいた。嫁が玉ねぎを切っていた。嫁が玉ねぎを涙目でみじん切りにしていた。

私が涙を流したのはこれが原因か?と疑いながらも、ネギの感動秘話を台無しにしたくなかった私はそんな疑問は振り切った。


そして私は涙目の嫁に、私が手に持っているネギの過去の話をした。


泣いていてうまくしゃべれない。だが夫婦として伝えなきゃならないことがそこにはあった。

ビニールハウスのこと、山本たか子さんのこと、道の駅のこと。

嫁にその全部を話した。


嫁も感動して泣いた。そして私も感動がより一層深くなって泣いた。二人の夫婦がネギの話で泣いた。




その後、何とか夕食を作り切った。

食卓にハンバーグが並ぶ。私がついさっきまで泣きながら握りしめていたネギは見当たらない。嫁に献立から抜かれていたのだろう。だが、それ以上ネギのことを考える余地もなく、今度はハンバーグに使われている肉、野菜、スパイス、その全てのストーリーが見えてきてしまった。見えたストーリーを嫁に伝えるか考えた。私は食材からストーリーを読み取り、考えるのがとても楽しくなってしまっていた。今まですることのなかったいい時間の使い方なのかもしれない。そう感じながら私は夕食を食べ終わった。


普段よりありがたみを感じながら「ごちそうさま」と言うと、私は嫁とそれぞれが見たストーリーを話し合うのであった。

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