勇者と聖女
八重樫 朝陽は最愛の弟との再会に本心からの喜びと共に違和感を感じていた。
彼女の記憶の中の弟は、感情こそ豊かではあるが、表には全く出さずに大抵の場合は、己の中で消化していた。
弟の笑顔が見たくて、毎日のように連れ回し振り回し、四六時中行動を共にしたが、笑いかけてくれたのは数えるほどだった。
そんな弟が初対面のエレオノーラに笑顔を振りまいていた。
愛想笑いの類ではあったが、昔の弟であればそんなことはしなかっただろう。
それに昔は「姉ちゃん」と呼ばれていたが、再会してからは「姉さん」になっていた。
5年も経てば大人に近づき社交的にもなるだろうか。朝陽はそう考える。
それと同時にある考えが浮かぶ。
(姫ちゃん美人さんだもんなー)
朝陽は自身の隣を歩く夕陽と案内のため前を歩くエレオノーラを交互に見る。
そして、召喚の際の光景を思い出す。微笑みをたずさえ静かに佇むエレオノーラ。そんな彼女に見とれる夕陽。
(あれはまさにボーイ・ミーツ・ガール……!運命の出会いってやつだねー。で・も……)
朝陽にとってエレオノーラは親友であるが、同時に好敵手でもある。
(簡単には渡せないねー)
◇ ◇ ◇
僕の隣を歩く姉さんがゲッゲッゲと怪しく笑っている。こわい。
下手に突っついても面倒ごとになりそうなので放っておくことにしよう。
僕たちは謁見の間へ向かうため、長い長い廊下を歩いていた。
先刻の話の続きをするらしい。ついでに王様と王妃様にも会わせてもらえるらしい。
王女であるエレオノーラさんの親とのことで、会う前から失礼だがイロモノだろうなと思う。
「よく眠れましたか?」
前を歩くエレオノーラさんが話しかけてきた。
「おかげさまで」
「それはよかった。でも、隈がそのままですね」
実際にはあまり寝ていないので、当然なのだが、正直に述べて原因を追及されても困るので、適当にはぐらかす。
「なんか取れなくなっちゃって。元からなので気にしないください」
「子供の時はそんなのなかったよねー」
「そうなのですか?お二人の小さいころ、私とても気になりますわ」
「時間があるときに話したげるよー」
「アサヒ、約束ですよ」
「僕は恥ずかしいし、あんまり気が乗らないなぁ」
そんなことを話している間に目的地にたどり着いた。
道中もとにかく豪華なつくりだったが、謁見の間の扉にはより一層の装飾が施されていた。
そんな扉を前に僕の緊張感は確実に高まっていた。
「今更だけど、この恰好大丈夫かな」
僕は召喚された時から着ていたジャージ姿のままだった。
特に何も言われなかったから意識していなかったが、こういう場では正装するのが普通ではないだろうか。
「だいじょぶだいじょぶ」
「問題ございません」
そう言う2人は正装である。姉に至っては物語の勇者様がつけているようなマントまでたなびかせている。そういえば、勇者様なんだっけ。
明らかに浮いている僕ではあるが、ここまできたら仕方あるまい。覚悟を決める。
エレオノーラさんの先導のまま中に入る。学校の体育館のような広さで天井もすごく高い。
正面奥に玉座が並び、そこに王様と王妃様と思われる2人の人物が座っていた。
その手前には鎧を着こみ槍や剣を持った人たちが等間隔に立っていた。
ある意味想像通りではあったが、これまでの生活では決してお目にかかれないような光景に現実味が薄い。
「お主が新たな勇者か。聞けば、勇者アサヒの弟であるとか」
「は、はい。弟の夕陽といいます」
「ププっ!ゆう君緊張してるー」
うるさいなっ!
「ふむ、我が娘エレオノーラから話は聞いてはいると思うが、お主を召喚した理由は新たに出現した魔王打倒のためである」
「娘さんから説明はありませんでしたが、話は聞いています」
「うん?まあよい。今回の件は色々と想定外でな。我々も事態の把握に努めているところだ。お主にはしばらくこの城に滞在してもらう。我が家と思って寛ぐがよい」
エレオノーラさんのマイペースさは気にしたほうがいいと思うが。
とにかく、お目通りが済んだところで、僕は気になっていることを質問することにした。
「あの、質問をしてもよろしいでしょうか」
「うむ、許そう」
「お二人の名前を教えていただけますか」
「……」
あ、顔が赤くなった。
「ふふ、緊張しているのはユウヒだけではないのですよ」
エレオノーラさんが笑いながら言った。視線を動かすと王妃様もくすくす笑っている。
王様がひとつ咳払いをする。
「……余はニグレーン王国13代目国王ルートヴィヒ・フォン・ニグレーンである」
少し早口気味に言い切る。
「わたしは妻のヘンリエッタ、ヘンリエッタ・フォン・ニグレーンです。よろしくねユウヒ君」
王妃様は人当たりのよい笑顔を浮かべながら、やたらフレンドリーに自己紹介をする。
「そして、私が娘のエレオノーラですわ」
「知ってます」
「お姉ちゃんの朝陽だよー!」
「知ってる」
茶々を入れられて緊張感も薄まる。
姉さん達なりのフォローだろうか。いや、面白がってるだけだろうな。
「しかし勇者ユウヒよ、お主は勇者アサヒと顔立ちは似ているが、その気性は正反対であるな。
正直、余は心底安堵しておる」
「あの、この世界で姉さんは何かしでかしたのでしょうか。思い当たる節はあるのですが……」
「失礼だなー」
「勇者としての行いは全うしてくれている。その善性から民にも慕われているが、行動に少し過激な部分があるのでな。例えば勇者アサヒが召喚された時のことだ」
「あたしが召喚された時?なんか変なことしたっけー?」
「さあ?ユウヒと特に変わらなかったと思いますが……?」
王様は、一つため息をつく。
「勇者アサヒはその場でエレオノーラとの戦闘を始めたのだ」
「ぶっ!?」
何してんだ姉さん!いやそんなことよりも、
「エレオノーラさんは大丈夫だったんですか!?」
「相打ちでしたわ」
「え」
聞き間違いかな?
「いやーあの時はびっくりしたねー。急に知らない場所に出たと思ったらすごーく強い女の子がいるんだもん」
「褒めたってなにも出せませんよアサヒ」
「王様!僕ちょっと王様に聞きたいことがあります!」
ちょっと脳の処理が追い付かない。
「真顔でそう迫るな。少し怖いぞ」
「姉さんとエレオノーラさんが相打ちって本当ですか?姉さんと戦うなんて命がいくつあっても足りないと思うんですけど!」
「言いたいことは分かる」
「あたし勇者ぞ?二人とも分かってるのかなー」
思わずエレオノーラさんを見つめる。出るところは出る女性らしいプロポーションで、触れれば折れそうな華奢な体だ。とてもではないが姉さんとやりあえるようには思えなかった。
「エレンちゃんはこの国の特級戦力。つまり国最強といっても過言じゃないのよ。魔王を倒すには勇者の存在が必要だけれど、それさえ無ければエレンちゃんだけでも倒せちゃうんだから」
エレオノーラさんを愛称で呼び、嬉しそうに言う王妃様。
「異世界って怖いな」
「そお?楽しいとこだよー」
なんにせよ、エレオノーラさんを怒らせることは避けたほうが賢明だろう。