地下の脅威2
アースドラゴンが尻尾で薙ぎ払う。
かなりの速さだ。
「ソフィアしっかり掴まってろ!」
ソフィアの太ももを支えていた両手を離し体の前でクロスさせる。
尻尾がクロスした腕にぶち当たる。
砕ける骨の音が体の中で響く。
体ごと押され立ったまま地面の上を滑る。
しかし、何とか衝撃に耐えることが出来た。
「ユウヒ!大丈夫ですか!?」
「骨……骨が……」
痛みで呼吸が上手く出来ない。
腕だけじゃない。肋骨も折れているようだ。
たまらずその場に蹲る。
「立って!逃げるです、はい!」
ソフィアが僕の背から降りる。
手を引っ張られるがまともに歩けもしない。
「ソフィア……一人で逃げろ……」
「ダメです!置いて行けません、はい!」
ソフィアは僕の手を引っ張るのをやめると弓を構えた。
アースドラゴンにはそんなもの効かないだろう。
どうするつもりか。
「出来ることをやる……ワタクシなら出来ます、はい!」
精神を集中するソフィア。
アースドラゴンが再び迫ってくる。
ソフィアが弓を引き絞る。
パァンと弾ける音が耳を打った。
放たれた矢はアースドラゴンの目を貫いた。
ものすごい精度だ。
眼球を射られたアースドラゴンが雄叫びを上げる。
「今のうちに逃げます、はい!」
僕はソフィアの肩を借りてその場から逃げる。
「すごいな……ソフィア」
「二人ともこっちよ!」
ミアが呼ぶ声が聞こえる。
先ほどアースドラゴンが突っ込んだ扉の方に戻っていた。
力を振り絞り駆け寄る。
アースドラゴンは暴れまわり、こちらを見失っているようだ。
幸い気付かれずに移動できた。
「ユウヒ!ソフィー!」
「ミアさん、ユウヒが怪我をしました、はい」
「僕のことはいいから……オリヴァを……」
「そう!ソフィー、オリヴァが死にそうなの!」
「これは……ひどいです、はい」
ソフィアがオリヴァを診る。
ミアの応急処置のおかげか、それとも流れ過ぎたのか出血は少なくなっている。
顔は土気色だ。
「お願いソフィー!魔法でオリヴァを……」
「ワタクシ……回復魔法は使えません、はい……」
希望は絶たれた……。
オリヴァは助からない。
その事実が僕達の心に重くのしかかる。
骨折した箇所が熱い。
「ヤダ……」
ミアが呟く。
「死んじゃヤダ……お願いオリヴァ……目を開けて、私の名前を呼んで……お願いよぉ……」
ミアが倒れたオリヴァの胸にすがり嗚咽を漏らす。
ソフィアも泣いている。
僕は泣かなかった。いや、泣けないのだ。
冷たい奴だと自分で思った。友達が死ぬ時すら涙の一滴も出ないとは。
「ユウヒ、体が光ってます、はい」
呆れたことに友達が死に瀕している時に僕の体は自分自身を修復し始めた。
『空船』から落ちた時と同じだ。
勇者の『光の力』が体を治す。
まてよ……?
僕の『光の力』は自己再生の力だと思っていたが、この力を外部に出すことは出来ないだろうか。
……出来るはずだ。
僕はあの船で見た。乱れ飛ぶ光の矢を。
効果は違っても使い方は同じはずだ。
オリヴァの命がかかっている。
絶対やってみせる!
「ミア……ちょっとごめん」
ミアを押しのけてオリヴァの胸に手を置く
「ユウヒ何してるの……?」
ミアが泣きながら尋ねてくる。
僕は腕の光がオリヴァに伝わるよう必死で祈る。
しかし何も起きない。
時間は刻一刻と過ぎ去り、オリヴァの呼吸もどんどん浅くなっていく。
「それは……勇者様の『光の力』ですか……?」
僕には答える余裕が無かった。
悪いとは思ったが、すべてはオリヴァを助けてからだ。
後でいくらでも謝ろう。
「上手くいってないですか……?」
うるさい。
出来るはずだ……治せるはずなんだ。
でも光は僕の体に留まったままだ。
一向にオリヴァに伝わる気配がない。
「…アサヒ様は言っていました。『光の力』はところてんのようだと」
意味が分からない。
ところてんって何だ。
今そんな話をしてどうする。
「参考にしてください、はい!」
参考と言われてもどうしろってんだ。
ところてん、ところてん、ところてん……。
そういえば姉さんが昔、テレビでやっていた特集のところてんが押し出されるところを見て、自分で作りたいと言っていたことがあった。
押し出す……。
押し出す、か?
僕は光を移そう移そうとしていたが、違うのか。
ところてんをイメージする。
押し出して外に出すイメージ。
「光が……オリヴァに……!」
出来た!
光がオリヴァに降り注ぐと、顔に血色が戻ってくる。
呼吸も熱気を帯びてきて、やがてオリヴァの瞼が震えた。
「ミ、ア……?」
「……!お、おりばぁ~!」
感極まったミアがオリヴァの頭を抱き寄せる。
わんわん泣くミアに状況が分からず困惑するオリヴァ。
「ちょっと……君たちね。僕は自分の怪我治さずにやってるんだから。後にして……ホント、マジで」
「あ、ごめんね」
「ユウヒ?どうなってんだ?」
ミアがざっと状況を説明するとオリヴァは感謝してきた。
「ユウヒ、このくらいで大丈夫だ」
オリヴァに言われて治療を止める。
「お前も怪我してんだろ?どんな状態なんだ?」
「腕の骨と肋骨がバキバキなだけだよ」
こみ上げるものを我慢できずに吐き出す。
びしゃびしゃと血が飛び散る。
「折れた肋骨が肺を傷付けてるのかな?」
「安静にするです、はい!」
ソフィアは僕を寝かし膝枕をしてきた。
頭上でフンスフンスと鼻を鳴らすソフィアを眺めながら思った。
膝枕ならエレンさんみたいな大人の女性にされたかったな。