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山越え

「はいこれ」

「えっ?」


 朝、唐突にニィエルさんから何かを渡される。思わず受け取ってから確認してみると銀貨が4枚手の平に乗っていた。


「無一文だと何かあった時に困るでしょ」

「ああ、そうですね。何かすいません」


 見た目少女から、お小遣いを貰うのは何だか情けない気もするが、今のところ自分で稼ぐ手段も無いので素直に受け取る。


「いいのよ。必要経費としてあらかじめ国から貰ってるから」


 そう言ってニィエルさんは気にするそぶりも見せないので、これ以上恐縮しても逆に失礼だろう。


「うし!じゃあ船着き場に行くぞ」


 ロベルトさんの一声で僕達は連れ立って宿を出る。そのまま着いて行きながら町の様子を眺めていると、昨日とは違って活気のある人々の生活の喧騒が目に入る。

果物や野菜を売っているお店に目を向けると、水滴のような形をした赤い何かが目に付いた。

気になって目を奪われていると急に手を握られる。


「はぐれると迷子になるよー」


 僕の様子を見かねた姉さんが手を繋いできた。


「姉さん、あの赤いやつって何?」

「あれは元の世界でいうところのリンゴだね。甘酸っぱくておいしいんだー」

「あれがリンゴ……?色はおんなじだけど信じられないなぁ。何て名前?」

「……なんだっけー?」

「それくらい覚えときなよ……」


 結局、そのまま姉さんに手を繋がれたまま引っ張られるように連れて行かれる。

子供の頃に戻ったようで懐かしい気持ちになった。


◇ ◇ ◇


 ボワー、と重低音が辺りに響く。僕達は船着き場に着いた。


「ね、姉さん。船って()()のこと?」

「そうだよー。ふふーん!どう?驚いた?」


 自慢気な姉さんの言葉も半分は聞き流し、目の前の光景に圧倒されていた。


「これ、鯨だよなぁ」


 口からお腹にかけて膨らんだ丸いフォルム。風に流されるように優雅に揺れている大きなヒレ。

元の世界とは幾分か異なる部分もあるが、家屋数戸分はありそうなほどに巨大な鯨が宙に浮いていた。

巨大な鯨からはワイヤーらしきものが出ており、下に箱のようなものを吊り下げている。


「あれは『風船鯨』。魔物の一種よ。それに人の乗る箱を付けて『空船』になるの」


 ニィエルさんが簡単に説明してくれる。鯨なんて元の世界でも見たことがない。

まさか人生で初めての鯨が異世界の、しかも宙に浮かぶ鯨だとは思わなかった。

ちなみに初魔物でもある。


「いいご時世だよなぁ。俺達の前の旅じゃ、山ン中突っ切っていったからな」

「そりゃ山中をかき分けて行くよりかは楽でしょうけど、頂上までちゃんと浮かぶんですか?」

「そんなに高い所までは登れない。標高の低いところを辿って行くのさ。場所によっては危険な魔物もいるから、そういうエリアも外れての航行だ」

「そんなものですか。……そうだ、この『空船』で魔王城まで行けないんですか?」

「無理だな。魔王城は孤島にあるし、海にだって空を飛ぶ魔物がいる。逃げ場のない空間で襲われて皆仲良く海の藻屑さ」


 そうそう都合良くはいかないものだ。それでも歩いて山を踏破するよりは格段に楽だろう。


「姫ちゃん、他のお客さんも乗るのー?」

「ええ、皆さん他のお客様にご迷惑をかけないようにしましょうね」


 はーい、とみんなで返事をして引率の先生よろしくエレンさんに続いて乗船した。


◇ ◇ ◇


 ラウンジからぐんぐん遠ざかる地面を眺める。高度が安定したら甲板に出られるらしいから後で行ってみよう。

 ボワー、と重低音が響く。これは『風船鯨』の鳴き声だ。この声とその巨体に怯えて魔物は襲ってこないらしい。


 居心地は案外快適で軽食も置いている。いよいよもって、ただの旅行気分になってきた。

割と重要な使命を帯びているはずなのだが、とてもそんな気分にはなれない。


「ユウヒ、気分はどうですか」

「エレンさん」


 ゆったりしているとエレンさんがやって来た。


「最高ですよ。今、僕達飛んでいるんですよね。ほら、もう下の人達が豆粒みたいですよ」

「お気に召されてなによりです」

「でも、こんなに楽していいのかって妙な罪悪感があるんですよね」

「こんなに楽なのも最初だけです。魔王城までは遠いですから」


 魔王城に着く頃には僕も多少は変わっているだろうか。どうも最近、万事に驚きっぱなしな気がするので何事にも動じない男になりたいものだ。

理想はロベルトさんかな。もちろん例の病気は省いての憧れである。


「それにしても『風船鯨』は、可愛らしいですよね。あんなデカいのに目がつぶらで」

「『風船鯨』の目が見えたのですか?ユウヒは目が良いですね」

「これでも身体(からだ)の基本性能には自信があります。まあ、姉さんほどじゃないですけど」

「ちなみに『風船鯨』と私、どちらの方が可愛いですか?」

「何ちゅう比較ですか」


 またエレンさんが素っ頓狂なことを言い始めた。

そもそも僕が『風船鯨』を可愛いと言ったのは犬猫に言うのと同じで、人間の異性に言うのとでは全くの別物である。


 といわけで、


「強いて言えば『風船鯨』ですね」


 エレンさんの眉がピクリと動いた。顔には笑みが張り付けられている。


「私の方が『風船鯨』より強いですよ」

「強さは査定事項には入ってないので……」

「試してみましょうか」

「やめて!」


 また物騒なことを言い始めたエレンさんを止める。本気で言ってるわけじゃないとは思うが、心臓に悪い。


「そろそろ甲板に上がれるかな……エレンさん一緒に行きませんか?」

「あら、甲板デートですね」

「斬新なデートプランだな……」


 僕とエレンさんは二人で甲板に向かった。


◇ ◇ ◇


 甲板に上がると開放感と共に爽やかな風を感じる。思ったよりも風は強くない。

甲板には僕達以外にも一般のお客さんが居て思い思いに過ごしている。

縁に寄って手すりから身を乗り出し、下を眺めると山岳や森林が見える。


「そんなに乗り出しては危ないですよ」

「大丈夫ですよこのくらい」


 心配するエレンさんをよそに、遠くに見える鳥の群れを見つめる。


「危ないです、よ!」

「おっとと」


 エレンさんが肩に手をかけ引っ張る。思わずたたらを踏むが倒れることは避ける。


「何するんですかエレンさん」

「ユウヒがいつまでも危ないマネをしているからです」


 普通に僕が悪いので素直に謝った。


「エレンさん、向こうに鳥の群れが見えるんですけど、何て名前の鳥ですかね」

「どこですか?任せてください。こう見えて私は鳥博士です」

「初めて聞いた」


 僕は鳥の群れの方を指差してみせる。

エレンさんは目を細めて凝視する。


「うーん、よく見えません。黒い点のようなものがあるのは分かるのですが」

「羽ばたいてるみたいなので確実に鳥だと思うんですけど」

「そんな時はこれです」


 そう言ってエレンさんは筒状の物を取り出し目に当てる。


「あー!単眼鏡だ!」

「ふふ、本当の船乗りさんみたいでしょう」


 エレンさんは単眼鏡で鳥の群れの方を見た。


「いいなぁ、後で貸してくれませんか?……エレンさん?」


 エレンさんは鳥の群れを見てから黙り込んでしまった。僕の言葉にも反応せず、単眼鏡を覗いている。


「見えました?」

「……ユウヒ、皆をラウンジに集めてください」

「ええ?急にどうしたん……行っちゃった……」


 エレンさんは一方的にそう言って足早に去って行った。

僕は状況があまり理解できなかったが、とりあえず言われたとおりに動くことにした。

エレンさんが何を見たかは分からないが、どうも嫌な予感がした。


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