第8話
お友達は一人か二人いれば充分だと思う。これは学校生活に敗北したから文句を言っている訳ではなく、本気の本気でそう思っているからだ。だから、大事なことだからもう一度言おう。負け惜しみでもなんでもなくて、友達なんて二人で充分だ。
だから、俺は友達の新海君と伊達君とご飯を食べていた。親友の彼らにだけ言える人生相談をするために。俺の重大な秘密を話すために。
さっきから止まらない汗を拭う。パタパタと服を前後に揺らす。
そうして、すうと息を吐いて、話し始めた。
一世一代の告白を。
「俺最近、麗華に買われたんだよ!」
「へえ」
「そんなことあんのか?あ、新開。それとって」
「これ?はい」
「あ、ありがとな」
しかし、反応は薄かった。
「うん?」
おかしい。
絶対におかしい。
「買われた」なんて言葉は日常生活では出てこないはずだ。
少なくとも俺の知っている限りでは、「買った」と一言でもいうだけでも「え、高校生?大学生?」とか、「お、お前もしかして援交?」「やばくね、犯罪じゃないの」なんてかなりの注目を集められるはずなのにそれにも増しても「買われた」だ。もっと注目を集められてもおかしくない。
これじゃ、「最近近所の犬に懐かれるんだよ」と言ったのと変わらない。
「もう一回言おう、俺、買われたんだよ?」
「いや、だって近衛さん、お金持ちじゃん」
「それな」
「日本どころか、世界でも何番目かのお金持ちだろ?」
「確か、2番目とかだった気がする・・・・」
「だったら、なんでも買えるだろ」
「まあそれもあるよなあ、あいつ金持ちだもんなあ・・・・ってそんなわけねえだろ!」
「どうした?おまえ急に」
完璧なノリツッコミをひととおり終えて、視線を伊達に預ける。
「冷静に考えて、おかしいだろ?急に友達がなんかよくわかんねえ黒い車で登校し始めたんだぞ?おかしいと思わないのか?」
俺は今日、スーツをがっちり着込んだ人の運転する車で学校へ来た。ただ、その車にビビっていたのは俺だけで、アリスも麗華も至って普通だった。
「疑問に思わなかったのか?」
「いや、僕も毎日車で来てるけど・・・・・え、なんか違うの?」
「くそお!この隠れセレブ野郎が!」
これが大学付属の中高一貫校の弊害だ。伊達のような一見普通の人間のふりをしている隠れセレブがいるのだ。
「そしたら、なんでお前、普通にファミレス来てんだよ!」
「ファミレスは行くだろ、普通に」
何を言ってるんだ、こいつみたいな訝しげな視線がこちらを見つめる。
悪いのはどっちなんだろうか。
「もういいよ。お前らに言ってもわからん。」
そう言って、会話を遮った。
「そういえば、何を嫌がってたんだよ?」
会計を済ませながら、新開がそんなことを問いかけてきた。
「夢のようなシュチュエーションじゃねえか。美少女二人と同居なんて」
「でも、あいにく部屋数が死ぬほどあるからなあー。俺とアリスの部屋なんて5分以上かかるんだぞ」
果たして、それは同居と言えるのか。
「でもアリスが今夜部屋に来てくれとか言ってたな」
「え?どういうことだ」
「なんか、話したいことがあるらしい」
「え、お前それって」
新開が急にからかうような表情を浮かべる。そうして、腕を絡められた。
「もしかして告白とかじゃねえの?」
「いやいや、ないっしょ」
「高校生、夏、夜、密室だぞ、何が起こってもおかしくねえ」
途端にしてにやけた表情を浮かべた俺を牽制するように伊達が言う。
「でも、考えろ、二条さんだぞ」
「アリスがなんかあんのか?」
「切れ者、二条さんが告白とかするのが想像できない」
金髪にゆるい服装というのが、スタンダードの格好なのにも関わらず、テストでは常に上位を取り続け、生徒会長に立候補もしていないのに選挙では上位に来るのがアリスだ。
確かに、アリスが誰かに告白してるなんて想像できない。
すると、前を歩いていた新開が体を逆に後ろに振り向いた。
「まあ、でもわんちゃんあるかもな。一条さんも凄いとはいえ、ただの女子高生だしな」
「それはある。可能性は捨てない方が楽しい」
「人生一度きりだしな」
夏の夜に言葉を吸い込ませて、息を吐いた。