1話 愉快な夏のはじまり
木々が青々と茂る森の中。
様々な樹木に、様々な種類の蝉が止まっている。
季節は夏、中旬。
セミは森の中を通ろうとする者を妨げようとミンミンとうるさく鳴いている。
この森は近所の小学生が夏休みの自由研究に昆虫採取しに来てもおかしくない絶好の虫日和な森だが、残念ながら周辺に家は建っておらず、森の入り口に小さな公園があるくらいだ。
その公園も、もちろん子供は決して遊びには来ない。
家がないのだから当然である。
そんな森の中に珍しい客人がいた。
「誰だ、こんなふざけたメールを送り付けたやつは」
珍しい客人は、手に持っているスマホに向かって悪態をついていた。
何故こんなへんぴな場所でスマホに目をやりながら森の中を歩いているのだろうか。
昆虫採取するような格好でもないし、もちろん虫取り網も虫かごも持っていない。
客人の名を土方深弥という。
「しかし、あっついな…」
深弥はそう言うと手でうちわを作った。
深弥が見るスマホの画面にはメールが開かれていた。
そのメールには簡易な地図が添付されていた。
最近、子供の誘拐がこの街で多発しており、年齢は下が0歳、上が19歳とバラバラである。
深弥も今年の5月で17になった。
誘拐された中にも17歳の子供がいるらしい。
そういう事件が多い中一人で人気のない場所に行くことを彼は一度ためらったが、子供特有の好奇心には勝てなかったらしい。
結局、送られたメールの指示に従い森を抜けた先にある廃工場へ向かうことにしたのである。
それから数分歩いた後、木々に囲まれ、セミでうるさい森の中を抜けようやく目的に辿り着いた。
メールが指示していた時刻は17時である。
深弥のスマホは17時ちょうどを指していた。
深弥はさび付いた扉を開ける。
長年使われていないのか扉を開けた先は光が当たりほこりがキラキラと輝いている。
「おーい、誰かいるか~…」
広い工場の中で深弥の声がむなしく響いた。すると、
「わっ!!」
「うわあああ!!!!」
突然背後から大きな声がした。
それは蝉より五月蠅く、深弥の未来を大きく変える始まりでもあった。