叫び輪ネコ
ぼくはあなたの使い魔の猫で、あなたはぼくの絶対なるご主人様であり、魔女様でした。あなたは数いる魔女の中でも、大魔女様同様に美しく、並々ならない魔力の持ち主でもありましたね。だからなのでしょうか、ぼくの中の最初のあなたは影があり、悲しそうでしたね。
その理由を知る機会は、案外と早く来ました。薄々とでしたが、ぼくも分かってはいたんです。数いる魔女や、大魔女様とあなたの容姿の違いを。ただ、それはぼくも同じだったことを、あなたはご存知だったではありませんか。
ぼくの身体はライトグレーの毛で覆われていて、左右の目の色が違う《オッドアイ》種でした。そして、あなたはといえば。艶々しくも美しく床を覆う量のある黒髪、そして、真っ白な肌と、藍色の目をしていました。
それを皆様方は――《異端種》なる造形と蔑んだのです。
疎まれ煙がられて、行き場所もなく彷徨い辿り着いたのは全てを見下ろせてしまうのではないかと思うような崖の上でしたね。あなたは、そのてっ辺に魔法で城築き、長く、その場所の玉座に腰を据えたとき、ぼくはあなたの肩の上で、ライトグレーの毛を顔に押し当てて、長いと好まれた尻尾を首に巻き付けていました。
あなたは長寿種に近くも、、不老でも不死ではありませんでした。そして、それはぼくも同じだったのです。ただ、ぼくはあなたなんかよりも短命種である使い魔。今も、死に際に、あなたから教わったことは覚えています。決して、口にしてはならない呪文を。
余命幾ばもないぼくとあなたの前に、騎士様が現れたことも鮮明に覚えています。騎士様は、人間連中の命令によって、無害であるあなたを討伐しに来た方でした。銀の鎧に、大きく鋭利である刃をあなたに向けたのです。咄嗟に前に出たものの、ふっ飛ばされた際に負った傷と痛みは、今も、背中に残っています。
闘う気もない、無害であるあなたに騎士様も、拍子が抜けた様子でした。
そして兜を外した騎士様は、ぼくも思いもしない方。男性の方ではなく女性の方だったことも、鮮明に驚きも隠しきれません。騎士様曰く、本来は兄の方の予定が、流行り病で来る日に死亡してしまって、身代わりと妹であった騎士様をご両親様が慌てて仕立てたとのことです。なんということなのか、人間は保身で血の繋がった家族を見送ったのです。
もしもですよ。ここであなたが冷血に戦闘狂であったのなら、間違いなく騎士様は、か弱い彼女は死んでしまっていたということ。浅はかで、愚かな行為だとあなたが涙を流したことにぼくも同じく悲しくなりました。
ここから騎士様とあなたの生活が始まったのです。ぼくの死の直前に。
ぼくはあなたを残して死ぬことが堪らなく辛く、このことは嬉しいと思えることでした。
死に目を閉じて、あまりに眩しくて目を開けると。そこは野原で、同じ容姿である猫がいました。そうです、ぼくはまた猫になって大地の上に立っていたのです。今にして思えば、こんなことがあるでしょうか。はっきりと言ってしまえばぼくは嬉しくて、神様に感謝をしたんです。
しかもですよ。ぼくにはあなたの記憶が鮮明に残っていて、身体だけが子猫だったんです。
成長の早い猫ですから、ぼくはあなたの匂いと魔力の欠片を追いかけて、追いかけて、追いかけて、と。あなたの隣へと、ぼく自身の居場所へと向かってしまいました。
そこからは奇跡の連続で、あなただった方と巡り逢うことが出来たんです。
すると、その隣に騎士様だった方もいらっしゃいました。
お2人共、面白い程に反発し合い、仲睦まじく、一緒にいましたね。
ぼくは、そんなあなたと騎士様の足下でずっと暮らしました。
そして、またあたなよりも先に死ぬと、またを繰り返したのです。
何度となく産まれ変わる度に、記憶も上書きされ続けました。ですが、あなたは違うんです。あなただった魂というだけで、器も似ていますが根本的に違う訳です。一切の前世の記憶を持たず、魔力すら以前以下で、探すのも大変な程でした。
そう、探すということすらぼくは、どうしてこんなにも血眼になってするのかと挫けそうにもなったのです。ですが、それもすぐに収まり、また、あなたを探したのです。
そして、見つけたあなたは毎回人格も変わりました。
ですが、変わらないものもありました――隣人の騎士様だった方の存在です。
ぼくが行けば、来るような感じだったのか。最初からいたのかは分かりませんが。
ぼくにとってどうだってよかったんです、騎士様の存在なんて。
ですが、徐々に上書きされ続ける記憶にも、知らずと負担があったようでして。増す感情があったんですよ。抱くのも奥がましい感情が。
それは転生を繰り返す度に、増していくのです。騎士様とあなたを見る度に思うところで増長をしていくんです。次第に、ぼくにもその意味を知ることとなりました。ですが、ぼくは、その感情に錠と蓋をして包んで覆い隠したんです。見ないように、触れない様にと。
そして、何度目かの死ぬ間際に思ってしまったんです。
「もう嫌だ」と。
何度となく猫になって、何度となくあなたを探して生きて行くことにぼくは絶望感を味わうようになっていたんです。あなたは幾ら死に転生をしても、猫にはならない。騎士様も幾ら死に転生をされても猫にはならない。そして、あなたと騎士様は一緒にいらっしゃる。
ぼくは言葉も話せずに、あなたの足下で死んでいく――使い魔だった者です。
もういい、もういいです。奇跡なんか起こさなくても、あなたには騎士様が隣人として生きてくださるのだからと。神をも呪うようになったのです。
錠を締め、蓋をして包み覆い隠した感情から溢れ出るものに侵食され始めていたんです、ぼくは。
それをあなたも、騎士様も存じ上げないでしょうが。
もう1つ、存じ上げないことがあるのをお教え致しましょう。
猫は長生きする程に、神格化をし進化を速めるのです。
ぼくの場合。
何度となく転生を繰り返したことによって上書きされ続けた記憶によって。あなたのように魔法が使えるようになっていたのです。猫の姿で話しことも出来たんです。ですが。
あなたではないあなたに話したところで、ぼくはどうだってよくなっていたんです。
自暴自棄になりかけていたぼくに、恐らく初めての――《神様の気まぐれ》が起こりました。
まさかのです。まさかのです。まさかの、初めての人間としての人生です。
ようやく、あなたと対等に慣れました。
ようやく、あなたと視線を合わすことが出来ました。
ようやく、あなたと――縁を切る機会が巡って来たんですよ。
人間の姿となってしまっては、自慢のライトグレーの毛は頬に当てられないし、長い尻尾を首に巻くことも出来ませんから。することの必要のないことが、堪らなく嬉しかったんです、ぼく。
人間で死ねば、こんな馬鹿げた苦悩しかない転生はなくなるでしょうし。あなたを追い続ける人生ともお別れが出来る訳です。気持ちは晴れ晴れしていました。当然でしょう。
人間に転生しても、ぼくはあなたと騎士様と逢うことが出来ました。これが最初で最期だと、思いました。ですが、どうしょうかと足踏みしか出来ません。
そんなときに、あなたが言ってはならないという呪文を思い出したのです。
その呪文を伝えれば、終わりが早まると。いや、終わる、とだけだったでしょうか。いざとなると、こうも記憶は曖昧になってしまうものなんですね。驚きしかありません。
ですが、その呪文を唱える口があるのです、ぼくには。
初めて会ったときより、大きく成長し、姿と形もあなたに近づいた。
こんなにも幸せなことがあっていいのでしょうか。
最初で最期に、ぼくはあなたを裏切るのですから。
一体、どんな表情を浮かべて頂けるのか。愉しみでした。
「あの。城野さん」
「ぅん? なんだい、姫宮????」
「『愛してます』」
「????? っひ、姫宮ぁあ~~??????」
あなたと騎士様と一緒に飲んだアイスコーヒーの味なんか。
もう咥内に残っていても、味は分かりません。
言うだけ言って、ぼくは立ち上がり帰ろうとしました。でも、躊躇をしてしまったんですね。
これが最後、終わりなんだと思えば思うほどに――ぼくは大馬鹿だったんです。
大粒の涙しか出ませんでした。
何度となく繰り返して転生をして追ったあなたを。
何度となく繰り返して転生して泣いて見送ってくれたあなたの顔を。
思い出してしまうなんて。
《ぼく》CV・渕崎ゆり子さんで。ゆっくりと淡々と、思いつめる感情を押し殺した感じで読んで頂ければ幸いです。