家路
深夜三時二十分。往来を行く車は絶え、通りには街路灯の映しだす縞模様が横たわっていた。知らぬ間に雨が降っていたらしく、アスファルトのひどい臭いが漂ってくる。当然人家の明かりは無く、抑え込んでくるような静寂の中を私は一人で歩いていた。道の先は地平線で空の端と繋がり、このまま星まで歩いて行けそうな気さえした。
この道は通い慣れた道だ、目をつぶっても家までたどり着けるだろう。だが、その横の道はどうだろうか。思えば一度も通ったことが無い。もしかしたらあの道の途中にはすばらしい花園や美しい庭園があり、私の到着を待ち構えているのかもしれない。おそらくそこには私好みのテーブルセットが、お茶やお菓子とともに用意されていて、一服くつろげるはずなのだ。
私はくだらない妄想を振り切るように歩調を速める。あの道の先に花園は無い。それどころかあの先に良いものは一つもないだろう。分かっていながらも夢想に耽ってしまったことを苦々しく思う。あの道のどん詰まりには良いも悪いも無く、ただ純粋な未知だけが座り込んでいるのだ。暗がりにいるあれは街路灯の下を歩く私を嗤っているに違いない。暗闇を避けて進む私を嘲り、苛むつもりなのだ。逃げなければならない。明かりの満ちた家に、早く帰らなければならない。