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後編



『ルエ、何してるのー』

「か、かくれんぼだよー」

『かくれんぼやるー』

『やるやるー』

「じゃあ誰かに見つかるまで隠れようね」


 昼頃にやって来た小鬼たちを、家の一室で小さく丸まっていたルエはぎこちない笑顔で追い払った。家といっても小さな城くらいの広さはあるのでしばらくは誰にも会わずに済むだろう。

 あれからルエはできるだけジグに会わないよう過ごしていた。顔を合わせると彼は何かを話したそうにするのだが、その度に「トイレ!」の一言で走り去った。さすがに彼もお手洗いまでついて来ようとはしないのだが、いつまでこうして逃げ回り続ければよいのかと思うと気が滅入る。


 半裸で男と一夜を過ごしてしまった。しかも相手がジグ。そしてショックのあまり逃走してしまったルエだが、あの一件は自分に非があると重々わかっていた。記憶をなくす前は完全にルエがジグを誘っていたし、部屋に連れ込んだのもルエの方だ。半ば無理やり誘われた上に朝一で絶叫を上げて逃げられたジグは明らかに被害者だ。申し訳ないがその事実を受け止めきれないルエは頭を抱えて悶える。なぜこうなってしまったのか。酒か。酒が悪いのか。


「・・・・見つけた」

「ぎゃっ!」


 ジグに見つかったルエは一瞬腰を抜かして座り込んだものの、すぐに立ち上がって扉に向かって駆け出した。


「おい、待て!」

「トイレ!」

「さっき行ったばかりだろ!」

「トイレー!」


 うわーんと今にも泣き出さんばかりの勢いで言われたらそれ以上深追いはできない。一人部屋でぽつんと残されたジグは肩を落としてため息を吐いた。


 彼女に嫌われていることはジグも知っている。かく言う彼もルエは苦手だ。見た目は可愛いが中身が酷い。自由奔放でいて騒がしく、その性質の悪さはまるで山猿のよう。こちらの迷惑も顧みずいつもやりたい放題だった。

 いつだったか、彼女と小鬼たちがロッククライミングだと言って屋根まで登って遊んだときのこと。供物としてやって来た新しいドレスをビリビリに破いて帰ってきたときは、本気の怒りで身体が震えた。そしてそのドレスをげっそりしながら夜なべして繕うのはジグだった。あれはもう二度と経験したくない苦い思い出だ。

 また別の日には水遊びだと言って家中を水浸しにされたこともあった。呆然として膝から地面に崩れ落ちた。一番シャレにならなかったのは火の玉振り回し遊びだろう。危うく火事になるところだった。あんなに肝が冷えるような経験は生まれて初めてだ。


 そんな彼女を好きになるかというと、やはりなるわけがなかった。たとえ二人きりの世界だろうと、世界に女性は彼女1人であろうと、恋仲になるには無理がある。


 ところが、だ。人生とは何が起こるのか本当にわからないものだ。

 例えば、酔った勢いでルエと一夜の過ちを犯しそうになったり。


 この場合はどちらが悪いことになるのだろうか。酔って誘った上に記憶がなくて逃げ回るルエか。それとも理性を失って酔った彼女に手を出そうとしたジグか。ぶっちゃけどっちも悪い。が、ジグは全く謝る気にはなれない。


 ハア、と深いため息を吐いて、ジグは逃げ回るルエを探すべく歩き出した。






 ルエが逃げ回る生活に最初に根を上げたのは小鬼たちだった。いつも遊んでくれるルエがかくれんぼしかしてくれないものだから(しかも隠れても誰も探しに来ないまま1日が終わる)、飽きて詰まらなくなった小鬼は遊んでもらうべく、今度はジグの所へ押し掛けて来た。


『ジグ、あそぼー』

『あそぼー』

『かくれんぼはいやー』

『飽きたのー』

『つまんなーい』


 小鬼に囲まれたジグは顎に手を当て、そうだな、と呟く。


「じゃあルエを探すゲームをしようか。ルエを見つけて捕まえたら勝ち。ちゃんとしっかり捕まえて、この部屋まで連れてくるように」

『わかったー』

『いいよー』


 一斉に駆け出した小鬼たちを見送って、ジグはルエが捕まるまで待つことにした。






 そして数時間後の夕刻。涙の後が頬に残っている小鬼たちがようやくルエを捕まえて連れてきた。嫌がるルエを泣き落としで説得したのだろう。そして両手をガッシリとホールドされて連れられたルエの顔はこれ以上ないほど真っ青だった。まるで死刑宣告を受けたかのように。


「と、といれ・・・」

「ちゃんと、話をしようか」

「トイレタイムを請求します」

「これ以上言うなら中まで着いていくからな」


 もうその手が使えないことを悟ったルエは黙りこんだ。そしてキョロキョロと視線をさ迷わせた後、気まずそうにおずおずと口を開く。


「え、えっと、お久しぶりでございます。ご機嫌麗しゅう・・・」

「ああ、ご機嫌よう」

「本日はお日柄もよく、ジグ様におかれましては誠にご健勝のこととお慶び申し上げ」

「落ち着け」


 大丈夫かと心配になったが、これ以上話を先伸ばしにするつもりはなかった。ルエを座るように促せば嫌そうな顔をしながらも一応大人しく従った。


「お前たちはもう帰っていいぞ」

『わかったー』

『また明日ねー』


 ルエは冥府へ帰って行く小鬼たちをすがるような目で見つめていたが、姿が見えなくなると観念したのか固く拳を握りしめて俯いた。


「年貢の納め時、というわけね・・・」

「悪事を働いた自覚はあるんだな」

「すみませんでしたあ!」


 ガバッと勢いよく頭を下げた後、ルエは上目遣いでチラチラとジグの様子を伺う。


「そ、それでつかぬことをお伺いしますが、何もなかった、よね・・・?」


 それはほとんどルエの願望だった。実際下着姿でいて何もなかったわけがないのだが、そう願わずにはいられない。

 絞り出すように問いかけられたジグは驚きに目を見開いた。


「覚えてないのか?」

「ごめんなさい・・・」


 ジグが頭を抱えて顔を背けてしまい、ルエはショックに打ちひしがれる。


「や、やっぱり最後までして」

「ない。してない」

「本当!?」


 それは助かった。いや、正確には助かっていないのだが、ルエの処女が守られたのは一応朗報だ。一生使われることのない処女ではあるが、それでもルエの気持ちには幾分か余裕ができた。


「そ、それじゃあジグも蚊に噛まれたと思って忘れて欲しいな、なんて」

「は?」


 ジグの声はルエが思っていたより数トーン低く、ルエはビクリと身体を震わせる。これは確実に怒っているときのジグだ。しかもかなり深刻なときの。


「冗談じゃない。ちゃんと思い出してもらわないと困る」


 行くぞ、と促されてルエは目をぱちくりさせて呆ける。


「へ?」

「思い出させてやる」

「嘘!?」


 文句を言いかけたがジグに睨まれてルエは言葉を飲み込む。これはもう、いろいろと腹をくくるしかなさそうだ。

 





 連れてこられたのはルエの私室の前。ルエの心臓は破裂しそうな勢いでドクドク鳴り響き、いっそ気絶したほうが楽なのになあと思うほど緊張している。


「ここまでお前は俺の腕に抱きついて離れなかった」

「は、はひ・・・」

「そしてそのまま腕を引かれて部屋の中へ入った」


 手でドアノブを捻れば当然扉が開く。中は見慣れた自分の部屋なのに、今は絶対に開きたくないパンドラの箱。

 ジグは「入るぞ」の一言で主の返答を待たず中へ足を踏み入れた。ルエは額の冷や汗が止まらない。


「そしてここでお前が俺の顔を鷲掴みにして覗き込んできた」

「ぎゃっ!」


 突然両手を掴まれて、そのままその手をジグの両頬まで導かれた。生暖かい人肌の感触に驚き振り払おうとしたが、ガッチリと掴まれているため動かすことはできない。これではまるで異性を口説き落としているかのようではないか。(実際に口説いていたわけだが)なんてことをしでかしてくれたんだ、とルエは酔っていた過去の自分に向かって存分に悪態をつきたい気分だ。


 ジグは両頬に触れるルエの柔らかな手の感触に、小さく浅い息を吐き出した。


「・・・・緊張するな」

「え、ジグも緊張するんだ」

「当たり前だろ」


 一体俺のことをなんだと思っているんだ、とジグ。


「それで、えっと、わたしは何をやらかしたのでしょうか」


 申し訳なさからか腰が低くなったルエにジグは薄く笑う。








 腕に抱きつかれているものの、ルエの足はふらふらだったのでほとんどジグが支えながら歩いていた。部屋に入るなりルエはジグの頬に手を添えて下を向かせると、額と額が触れそうなほど顔を近づける。


「ねえジグ、私のこと嫌い?」

「嫌い、ではない。面倒なヤツだとは思っているが・・・」

「私もだよ。でもね、まだきっと手遅れじゃないよね。

私は人柱になってここに来て、何もないのがすごく悲しかった。賑やかなのが好きだから余計に寂しくて、暗くてロウソクの明かりしかないのも怖くて嫌だった」


 家族や友人にはもう二度と会えない。暖かな太陽の匂いも草原を駆け抜ける風も、全てに別れを告げて暗闇の世界にやって来た。


「だけど小鬼たちと悪ふざけしてるときだけは楽しかった。寂しさを紛らわせることができた。だからそうやって自分を誤魔化してたの。ただ悪ノリが過ぎたよね。ジグが優しいから甘えすぎた。迷惑をかけてごめんね」


 ルエが自分の気持ちを語るのは初めてのことだった。そうかそんなことを考えていたのかと、ジグは優しくルエの頭の上に手を乗せる。

 ルエはにこっと微笑んでジグの首に両手を回して抱きついた。


「今ならまだ間に合うよね?まだちゃんとやり直せるよね?

私ジグのこと好きになる努力する。だからジグも私のこと好きになって。

二人きりの世界だけど、悪くないって今なら思えるの」

「ああ、そうだな。・・・悪くない」


 努力をしよう。好きになる努力を。それはそんなに難しいことではないはずだ。

 ジグの大きな手がルエの背中を撫でた。彼女は擽ったさに身を捩ってさらに力強くジグへ抱き着く。


「何もないな。音も空も大地も、何もない。ルエの体温しか感じない」


 こんな寂しい世界に居ながら今まで寂しさを感じなかったのは、きっとルエが居てくれたからだろう。煩さに頭を抱えて、次々起こる問題に奔走されて、その騒がしさに救われていたのかもしれない。

 ルエがジグの優しさを必要としたように、ジグもルエの明るさを必要としていた。お互いに気づくまで時間がかかったが。


「そうか。努力、そうだな。俺も努力が足りなかったと思う。もっとルエの気持ちに寄り添えばよかった。ちゃんと好かれる努力をしていなかった」


 若い娘がここへ来てどんなに心細かったことだろう。ジグはそんなルエの寂しさになんの配慮もしていなかった。そして二人の関係は坂を転がり落ちるかのように悪くなる一方だった。

 それでもルエはやり直そうと言ってくれている。お互いがお互いを想い合えば、この世界はきっともっと悪くないものに変わるはず。


「手遅れじゃないさ。ルエ、いつもありがとう」

「私こそありがとう、ジグ」


 初めての口付けは、感謝と約束。未来は絶対に幸せに満ちている。









 そしてまあ、その後はお察し。(自主規制)


「思い出したのか。・・・思い出したんだな」


 聞くまでもない。ルエの顔が林檎のように真っ赤になっていたのだから。ジグは乾いた笑いを漏らす。


「それなのにだ。朝起きればお前は悲鳴を上げ、逃げ回り、挙げ句記憶が無いと言い出す始末だ」

「まっことに申し訳ない!」


 なんてことしてくれたんだ私、と何度目かわからない悪態を心の中で叫ぶルエ。好きになれだの努力しろだのと注文を付けておきながら、朝目覚めるなり絶叫を上げて逃げるように去って行った。その時部屋に1人残されたジグの気持ちは想像するに難くない。


「ごめんなさいー!」

「怒ってないから、もう逃げるのは止めてくれないか」


 ルエが逃げ回っている間は驚くほど静かで、その静けさは恐怖を覚えるほどだった。そして今までいかに彼女の底抜けの明るさに助けられていたのかジグは思い知らされることになった。


 境目に太陽は昇らないけれど、ここにはルエがいる。彼女の笑顔があるだけで全く別の世界に変わる。


「俺には君が必要なようだ、ルエ」

「は、はい!」

「末永くよろしく」

「はい!末永くよろしくお願いします!」


 まだまだ赤らめたままの顔でにっこりと笑うルエ。やっぱり未来は幸せに違いなかった。例え世界に君と二人でも。







 





おしまい






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