唐突な終焉
話をしよう。あれは今から51日―――いや、1ヵ月半前だったかな… まぁいい。俺にとってはつい3日前の出来事だが、君たちにとっては明日の出来事だ。 俺はとある男と出会っていた。名は白石 龍吾―――そう。俺たちの父親…いや、厳密にいえば俺の父親だ。かつて親父はとある女性と再婚した。俺は親父の連れ子として。由梨はその女性の連れ子として出会った。当時の俺には「新しい母親と妹が出来る」という緊張でいっぱいだった。
さて、そんな事はさておき。白石 健二は父親である龍吾ととあるカフェで待ち合わせしていた。というのも数日前に龍吾から連絡があり、話がしたいとのことだった。健二としては中々気が乗らない相談だった。何しろ龍吾は女癖が悪く、健二の実の母親とも上手く行かなかったのでこうなったのだ。
カフェに入ると、嫌が応にもその姿を捉える。実の父親だ。分からないわけがない。
「あぁ、こっちこっち」
龍吾も健二を見つけたらしく、笑顔で手を招いた。
「久し振りだな… 元気だったか?」
龍吾は頼んでいたらしいコーヒーの入ったマグカップを覗き込みながら語る。
「はは…大きくなったな。 あれから4年も経つからな。大きくもなるか―――」
「身長も体重もそんなに変わってねぇよ。そんな事を話す為に俺を呼んだのか?」
口をついて出たのはそんなそっけない言葉だった。健二は龍吾の目を睨もうとするが、相変わらず龍吾は目を伏せたままだ。
「ご、ごめんな… そんなつもりは―――」
「じゃあなんだって言うんだよ。 …話ってのは?」
このままでは埒が明かないと考え、本題に入ろうとする。
「あ、あぁ…… お、落ち着いて聞いてくれ。
お父さん、離婚したんだ」
「っ!!」
龍吾が離婚した。もし龍吾が4年の間で離婚・再婚していなければ、相手は…
「てめぇ… 由梨の母さんと別れたのかよ…!」
「あ、由梨ちゃんとは上手くやってるんだな―――」
「質問に答えろよ!」
健二は抑えきれなくなり龍吾の胸倉を掴む。テーブルを挟んでいるので、互いに少々無理な体勢になる。
健二が大声を上げたことにより、店員が駆けつける。しかし健二は止まらない。
「てめぇ言ったよな… こんな事もうこれで最後だって…それがなんだよ、やっぱり変わらねぇじゃねぇか!」
そう叫ぶと龍吾を突っぱねる。かろうじて椅子に座る形になったが危うく転げ落ちるところだった。健二も不満げに椅子に座る。
「はは… 怒るのも無理ないよな。 …ごめんな、ごめんな―――」
謝り続ける龍吾の目からは大粒の涙が零れていた。
「てめぇの言葉には何も無ぇよ。あるのは自己満足だけだ!」
「あぁ、分かってる。こんなことには何の意味もないよな」
「だったら…!」
「でもな、お前と由梨ちゃんは上手くやってるんだろう?だったらせめて、お前たちの幸せだけは守ってやりたいと思う」
そういうと、初めて顔を上げる。見るからにやせこけていて、肉親でないと分からないくらいに変貌していた。しかし、その目には力がこもっているように見えた。それを見て、健二は言葉を詰まらせる。
「お父さんな、ちっともお前に父親らしい事出来なかった… だからせめて、何か一つでも出来たらと思って、今日はここに呼んだんだ」
「お前も妹が出来るって聞いたときは喜んでいただろう?だから、その関係を続けて欲しいんだ」
「俺はこんなだけど、せめてお前だけでも… いや、お前らだけでも幸せになって欲しいんだ」
「俺が母さんと別れたら、お前らは何の関係も無くなる。でも、そんなの俺は嫌なんだ」
「あぁ、自己満足だって言うのは分かってる。でもな、お前たちには、せめてお前たちだけでも幸せになった欲しいんだ… 分かってくれ」
龍吾は涙を流しながら訴え、息をつく。
「つまり何か?お前は俺すらも捨てるつもりかよ… 母さんみたいに!」
「ちっ!違う!聞いてくれ!」
「知るか!お前なんか親父じゃない!」
そう吐き捨てると、健二はカフェを去っていった。
「違うんだ… 違うんだよ…」
取り残されたカフェで龍吾は床に崩れこんでいた。
* * * * *
気がつけば窓から差し込む光が西に傾いていた。いつの間にか寝ていたらしい。
瞳を開くとそこには由梨の姿があった。所謂膝枕をされていたらしい。
「あ、兄貴起きた?そろそろ脚が限界だから起きて欲しいんだけど」
どことなく気恥ずかしくなった健二は勢いよく起き上がる。
「ていうか、どうやって入ってきたんだよ… 鍵はかけたはずなのに…」
そう聞くと、由梨は自慢げに鍵を見せびらかしてきた。
「こんなこともあろうかと、マスターキーは持っておくものだよ」
何たるご都合主義…と考えていると、由梨が続ける。
「兄貴、うなされてたよ?しかも何度も親父って呟いてたし」
「そ、そうか… そういうことなら仕方ない…のか?」
不可抗力なのかどうかではなく、夢の内容である。どうやら直前に考えあぐねていた事がそのまま夢に出てきたらしい。
「兄貴。その、ね?今する話かどうかは分からないけど…
昨日ね?お母さんと会ったんだ。お父さんと別れるんだってね」
「っ!それは―――」
「でね、そのまま色々聞いたんだ。お父さんとの関係とか… お父さんとお母さんが別れたら、私たちどうなるんだろうって… それでね、お母さんが言うには、私たちは―――」
「やめろ…」
たまらなくなって言葉を遮る。
「俺は、お前と一緒に居たい… でも、親父は俺を…俺たちを捨てたんだ。もう…一緒には―――」
「何言ってるの?」
「…え?」
「お父さんは兄貴を捨ててなんかないよ。むしろ兄貴の事を思ってのことだよ。
お母さんの話だと、お母さんたちは別れるけど、私たちは一緒に居ていいらしいよ」
健二はまるで豆鉄砲を食らったかのような顔になる。
「だからね?そんなにお父さんの事を悪く言わないであげて」
そういうと、健二の頭を抱きかかえる。服越しに柔らかな感触が顔を包む。
「こんな妹だけど、これからもよろしく」
「……あぁ」
* * * * *
とある式場。そこでは今日、新しい夫婦が誕生しようとしていた。
「なぁ、ネクタイとか曲がってないかな…」
「…うん。いつもどおりだよ!」
「それっていつも曲がってるってこと!?」
「あはは、嘘だよ兄貴…っと、もうこの呼び方は出来なくなるんだっけ?」
「そうだな、義母さんに報告したら爆笑されたっけ」
「そうだったね。あ、そろそろ時間だよ」
「あぁ、それじゃあ行くか!」
* * * * *
後に日本は生まれ変わる。試験的に同姓婚が可能な行政区“百合ヶ丘市”が完成する。その市の初代市長が白石だとか何とか言うらしいが、その話はまた別の話である。
‐The END‐
ご愛読ありがとうございました。
この小説は『夢の欠片』に続きます。