不穏の足音
さて、前々回にて協力者を差し向けると言われたからには一応会っておこうと考えた健二は作者に指定された喫茶店に足を運んでいた。昼下がりの喫茶店ではゆったりとしたジャズが流れていておしゃれな内装をしているというのに客がまばらだ。
カウンターの向こう側にいる男性はコーヒーミルのハンドルをゆっくりと回しながらたたずんでいる。のだが、その風貌は明らかに喫茶店のマスターというようなものでは無く、どこかの傭兵、といった方が頷けるだろう。
テーブル席にはそれらを隔てるように仕切りが存在し若干個室のようになっている。その中の一番奥のテーブル席に進み中を覗く。中にはすでに男性が座っており、テーブルにはコーヒーが置かれている。その男性の姿に、健二は見覚えがあった。
「ん、もしかしてお前…。マサムネか?」
「…先輩?白石先輩じゃないっすか!なんでここに———」
「なんでも何も…。作者———嶺上開花にここに来いって言われてきたんだが」
作者の名前を出したところ、マサムネは怪訝そうな顔になる。
「せ、先輩もその人に言われたんすね———。えぇ俺もなんスよ。昨日パソコンにメールが来てて、その送信者が嶺上開花だったんスよ」
「ということは、作者の用意した協力者ってのはお前のことだったのか」
席に着き向き直る。マサムネ———黒田 マサムネは白石 健二の後輩で、本人の話によると最近はなにかしらの研究所に入り浸っているらしい。
「で、なんつったっけ?お前が開発してるて言う———」
「脳波測定式感情傍受ナノマシンっスね。ま、読んで字の如くなんすけど」
曰く、そのナノマシンは体内に注入したのち血流にのって脳へと向かい、主に前頭前野と偏桃体に取りつき感情の揺らぎを観測するという。
「要は、相手がいつどんな時にどんな感情を抱いているかというのを感じ取れるんスよ」
「テレパシー…。読心術みたいなモン?」
「まぁニュアンス的にはそうっスけど…。まぁまだ実用段階じゃないんスよね~」
「何か問題でもあるのか?」
「問題だらけっスよ。受信領域とか情報量とか。そして何より、人体実験しなければならないってところがネックなんスよね」
このご時世、人権がどうの人体への影響がどうのでまともに人体実験ができるような環境ではない。それが故に研究が滞っているようだ。
「それはそうと、先輩はなんでここに来たんです?俺は必要としている人がいるって聞いてきたんスけど…」
「ん?あぁ、そうだったな。実は———。って、話していいのか?これ」
学生時代の後輩とはいえ、「実は妹が女の子と付き合っていて、何か力になりたい」なんて言えるだろうか?いや、言えるわけがない。大体由梨はレズばれを嫌っていた。ならばここは言わない方がいいだろう。しかし、ここに来た理由は他にない。なので話さなければならないのだろうが…。
「なんスか?なんか隠し事っスか?大丈夫っスよ、俺口堅い方なんで」
「———じゃあ話すけど、絶対に。ぜっっっったいに他言無用だからな?…実は、俺の妹の話なんだが…」
「あぁ、あの美人さんっスね。どうしたんすか?彼氏ができて寂しいんスか?」
「いや彼女ができてな…」
「———はぇ~」
「で、今はまだ幸せそうなんだけど、いつかその幸せも崩れちまうんじゃないかなって思ってな…。で、俺にも何かできることないかなって思って」
話している健二は次第に目を伏せていく。思い出されるのは父の姿。誰よりも息子の幸せを守ろうとして色々空回りしていた、そんな姿。
「ふぅん、ま、殊勝な兄さんじゃないっスか。しかし、そうか…。なるほど、だから俺に声がかかったんスねぇ」
どこかニヤニヤしながら健二を眺めるマサムネは一人納得する。
彼は昔からそうだった。なまじ頭が良かったためか他人の考えなど簡単に読めてしまう。すべてを見透かしているかのような彼に近づく者など健二を除いていなかった。
「なんだよ、悪いかよ…」
「いやいや、いい事じゃないっスか!それに俺の研究とも関係ありますしね」
「研究って…。お前の研究、ナノマシンだろ?何の関係が———」
「ここじゃなんですし、俺が通ってる研究所行きません?」
「まぁ、別段用事はないからいいけど…」
連れてこられたのは郊外にある研究所。ここでは医療用の機器などを開発しており、一応国が運営しているようだ。
「学校卒業した後ここに就職しましてね。しばらくは下っ端だったんすけど、最近出世しまして設計にかかわるようになったんスよ。そこで———」
「さっき言ってたナノマシンか?」
「そうなんスよ。それに合わせて法改正なんかも考えてまして…。でもウチそう言うことできる人材いないんㇲよね。で、物は相談なんですけど———」
「…俺か。確かに法学部出てるけど、そんなに優秀ってわけじゃないぞ?」
「いいんスよ、そんなこと気にしなくても。兎に角できるってことが重要なんスよ。俺ら、自分らの分野しか知らないっすから」
長い廊下を歩きながら話を聞かされ、やがてしばらくして無機質な扉の前で立ち止まる。
「ここっス。遠慮なく入ってください」
マサムネは扉を開き中へと入っていく。そのあとをついていくと、あからさまに研究所、といった風な白を基調とした部屋が目に入る。壁際には机とその上に散乱する書類の数々。そしてその反対側には仮眠用なのかパイプベッドが置かれている。
「さて、まずなんスけどこの研究、結構な人数を集めないといけないんスよ。で、後はこれで何がなせるかってことも必要なんス」
机に備え付けられていたキャスターの付いた椅子を器用にグルンと回し背もたれにのしかかるように座る。
「何がなせるかって…それ考えてなかったのかよ」
「いやまぁ。いろいろ考えてはいたんスよ?でもあれこれ機能付けてたらナノマシンサイズに納めきれなくって、で、当初の計画と色々変わっちまったんスよ」
曰く、本来は脳の信号を読み取り、それを送受信することによって一種のテレパシーのようなものを再現しようと考えていたらしいがそれだと体内に注入するには危険なほどに巨大化してしまったらしく、結局受信型と送信型に分けることになったそうだ。
「で、結局俺は何をすればいいんだ?法改正の内容か?それともこの研究の目的か?」
「欲を言えばどっちもっスけど、研究目的はこっちで頑張るんでそれをもとに法案を考えてほしいんですよ。ほら、さっきも言った通り俺らそっちの方はからっきしっスから」
「分かった分かった。考えてやるから、まずはコンセプトを詳しく話せ」
こうして始まった法改正計画。どれもこれも、すべては由梨の幸せのために…。
*****
最近、健二がバイト先とは別にどこかに通い詰めているようだ。ということを知った由梨。今日もその“どこか”へ向かう健二を見送っていた。
「ホントさぁ、兄貴最近どこに行ってるの?てかバイト大丈夫?」
「んー、大丈夫だよ。そんなに無理はしてないから」
生返事を返して玄関を出る。そんな兄の背中をただ見つめるしかなかった。
「てな感じで、最近兄貴がどこかよそよそしいんだよね。何か隠してるのかな…」
昼間の大学。学食で青葉と隣に座り昼食をとる。大学にいるときはいつもこうだ。しかし節度は保っているため外見からは「仲のいい女友達」と映っているだろう。いや、そうに違いない。
「う~ん、やっぱり由梨ちゃんには話しにくいようなところに行ってる、とか?」
「私に言いにくいところ?どこだろ」
「さ、さぁ…」
思考を巡らせるが皆目見当もつかない。仕方なく昼食を口に運ぶ。
「だぁ~かぁ~らぁ~!もうちょっとコンセプトを強くできないのかって言ってるんだよ!」
「それは何回も聞きましたよ!大体のコンセプトはこれで全部なんスよ!」
研究所の一室。マサムネに割り当てられた部屋で健二とマサムネは口角泡を飛ばしあいながら口論していた。
「いいか?法改正なんてそう簡単にはできないんだよ!確かに最近の政府はあれこれと法改正しているイメージがあるが、あれも色々と面倒な手続きを踏まえてやってるんだよ!そんなのがこんな書類でできると思ったら大間違いだぞ!」
「つっても、このナノマシンは対象者の脳に取りついて感情にあたる脳波を感知、それを電波として発信してそれを傍受型が受け取ることによって対象の感情を読み取ることができるってだけですよ!?それをもっと膨らませろとか、無茶言ってんじゃないっスよ!」
互いに言いたいことを吐き出しきったのか、数回肩で息をした後冷静になったのか浮かせた腰を椅子に沈める。
「大体なぁ…。作った本人が何をしたいのか分かってないのが問題なんだよ。俺が言いたいのは、なんでこれを作ったのかってことだよ」
「そんなもん、言えるわけないじゃないっスか。言ったら絶対笑いますもん」
「笑わねぇって、だから言え。じゃなきゃ俺はこの計画降りるぞ」
マサムネは色々な病んだ挙句、仕方ない、といった風に口を開き始める。
「俺、他人が考えてることが分かんないんスよ」
突然出てきた言葉に、健二は思わず口を閉じた。
「先輩も知ってるでしょ?俺、学生の頃は友達なんかいなかったし、つるんでるのなんて先輩くらいでしたし、ぶっちゃけ先輩以外話したくなかったですし。先輩はいい意味で分かりやすいんスよ。でもほかの奴らときたら、何考えてるか分かんないっスし。そもそも考えがショーモナイんスよ。だから、俺はあいつらが考えてることがわかんないんス。でも、そんなだと人が離れていくばかりだから、俺から歩み寄ろうと思って…。で、何をするのが手っ取り早いか考えた結果、みんながどんな感情を抱いているか知ろうと思ったんスよ」
意外だった。というのも、健二はマサムネの過去を知っている。故に、そんなことを悩んでいたとは知らなかった。
学生時代のマサムネは、運動はそこそこだったがずば抜けて勉強ができて、そのことで周りから疎まれている節があった。しかし当の本人は『脳の使い方云々であれこれ言う方が小せぇってもんですよ』とあしらっていた。その態度が反感を買ったのだろう。すぐに孤立していった。そんな態度を取っていたからこそ、行っては悪いがそんなことで悩んでいたというのが意外だったのだ。
「でもまぁ、完成品を一度も使わずにレビューを書けってのも難しいもんスね」
「ん、確かにそうか。なぁ、これって臨床試験とかって…」
「できると思います?薬たぁ違うんスよ。一生頭に残るんですよ?そんなもん頭に入れたいっすか?」
「———確かに」
先ほどまで口論していたにもかかわらず、一緒になって頭を抱えている。こういう側面を見ると、二人の仲が窺えるだろう。
「———よし、いっちょ腹ぁ括りますか!」
総崎辺ながら立ち上がる。突然立ち上がったものだから驚いた健二は肩を震わせる。
「腹くくるって、何する気だよ…」
「何って、臨床試験ですよ。やったろうじゃないですか!大体、臨床試験ってのは人間が服用して人体に影響がないかを調べるモンなんで、大丈夫でしょう!」
そういうと、複数個しか量産できていない傍受型の完成品の入った注入器をおろむろに首筋に当てる。
「お、おいっ!」
制止しようとするが敵わず、プシュッという小気味のいい音と共に内容物が体内に入っていった。
「こういうもんは、作った本人が無事なのを確かめてからの方がいいでしょ。なんで、2、3日待った後になんも問題がなけりゃ臨床試験募集しましょう」
この行為が後に大きな事件となるのだが、この時の彼らはそんなこと知る由もなかった。
-to be continue-




