友達以上恋人未満
「ちょっと寝るわ」
俺の家に突然押しかけて来て、いつものように勝手にDVDを漁り、勝手に冷蔵庫を開けて缶ビールを飲み、挙句料理を作れ、だのとのたまった彼女は、オムライスを食べ終えると満足そうにこう言った。
最初はいつものことだと思ったが、今日はなぜかそれが、いつものこと、になっていることに急に腹が立った。
「……どうなっても知らないからな」
短パンから出した白くて長い足を放り出し、少しよれたTシャツを着ている。それが寝転んだせいで少しはだけて、腹部の肌色がわずかに見えている。
俺はそれを横目で睨みつけながらそう言った。
「そういうことを言われたら逆にお前の信頼度が上がるんだよ」
「……」
何も言い返せなかった。昔の彼女にも言われた。なんか、律儀だね、と。言われた当初は意味がわからなかったが、そのセリフが思い出になるくらいになって、わかるようになってきた。俺はどうもそういったことを気にしすぎるきらいがあるらしい。
もういっそ襲ってしまおうか、その信頼度下げまくって、律儀だなんて言えなくしてしまおうか、そしたら彼女はきっとこんな風に押しかけてくるどころか、俺と話すこともできなくなるかもしれない、とこういう風に頭で色々考えているから俺はこうなんだな、とまた自戒する。
「いんだよ、お前がどう行動しようと。それはここで寝るって決めた私の責任になるんだ。たとえこれからどんなことが私の身に起ころうとも、私が決めた行動ならそれは私の責任になるんだよ」
「……言外にされてもいい、って言ってるようにしか思えないんだけど」
そう言うと彼女は俺に背を向けて寝転びながら言った。
「いつかは誰かに犯されるんだよ、それはお前かもしれないし、今の彼氏かもしれないし、あるいは次の彼氏か、はたまた知らない赤の他人にいきなりされるかもしれない、誰にされるかはわからないよ、私には。でもいつかは犯される」
いつものようにふざけているような、でも少し真剣で、どこか諦めと、そして覚悟の混じった口調だった。
彼女が覚悟を決めるような出来事が何かあったのだろう。だから俺の家に来たのかもしれない。強気な態度で振舞ったのは、それを悟られたくなかったからかもしれない。料理を作るように言ったのは、誰かの優しさに触れたかったからかもしれない。
はたまたそれは勘違いで、一本の缶ビールで酔った彼女の口が滑ってなんとなく言っただけかもしれない。傲慢なのも彼女にとってはいつも通りで、料理も別にお腹が空いただけかもしれない。
でも、寝転がる彼女の背中は、確かに寂しそうだった。
犯す、だなんていう暴力的な表現は、相手と自分の間に、それこそ信頼が何もない時に使う言葉だ。
彼女と関わる人は彼女のことを、家と同じように、人の心にもズカズカと入り込んでくる強引な女だと思っているが、それは上部だけの振る舞いで、実際のところ彼女は寂しさを紛らわせたかったのかもしれない。
「受け入れるっていう表現はお前の中にはないのか」
「……やさしいな、お前は。男の鏡だよ」
褒められたのに、なぜかまた名誉が傷ついた気がした。
「ああ、そうかもな。今までは」
俺はやけくそになって、流しっぱなしになっていたテレビと電気を消した。
彼女が暗闇の中で身を固くするのを感じた。
俺はそんな彼女を鼻で笑ってこう言った。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、寝るなら早く寝ろよ」
そして彼女に毛布を掛けて、オムライスの後片付けを始めた。
後ろから、ばか、という小さな声が聞こえた気がした。