諦めない心
「どういう……ことだよ……」
イルビアが邪神の筆頭依代候補? というかそもそも……
「イルビアには誰も憑いてないって……、邪神は死者を蘇生させられるってことなのか……?」
「いや、それは……流石に無理だ。邪神とはいえ……死者を、蘇生させることは不可能だ……。もっとも、死体を、乗っ取らせて……依代として使うことは、可能だ。現に私がそうされたように……」
死体を蘇生させることは出来ないけど、イルビアには誰も憑いていない? それじゃ矛盾してるじゃないか。それならどうやってイルビアを蘇生させたんだ……?
「アル、恐らくイルビアは蘇生したんじゃないわ」
母さんは既にわかったのか、俺の方に視線を向けて話しかけてきた。
「蘇生したんじゃないなら……一体――」
「簡単なことよ。イルビアはあのとき死んでおらずまだ生きていた。そうでしょう?」
母さんの言葉に、オスカーはコクリと頷いた。
「生きてた……!? いやでも確かに俺たちはこの目で……!!」
「邪神達の手によって仮死状態にされていた……と考えるのが妥当でしょうね」
「その通りだ……、そのあとは……、仮死状態になった彼女を、我々が実体のある幻影と……入れ変えて、本物の彼女を持ち帰ったあと力を与えて……目覚めさせるだけだった。彼女は素直で良い子だった……。だからこそ、もう一度兄さんに、会わせてあげるという……我々の言葉を信じて……悪意にまみれた邪神の力を受け入れたんだ……。その結果、悪意に染まり……彼女は狂ってしまった……」
「くそっ……!! そんなのって……あるかよ……!」
「さらに……、彼女は邪神様の依代に成りうる存在だ。一番依代としての……素質が見込まれている、君が手に入らないことを理解したら……そのとき彼女は……」
「邪神の依代にされる……ってか……」
「そういうこと……だ。つまり、彼女はもう……殺すしかない……。元に戻る可能性だって、もはや無いのだからな……」
あのときイルビアが死んでいなかったとはいえ、あのままいけば死んでしまっていたかもしれない。どちらにしろ俺はイルビアを一度殺してしまっているようなものだ。
それなのに、イルビアが死んでいなかったということがわかったのに。俺はまたしても――イルビアを殺さなくてはならない。
やるしかない……のか。でも俺は――
「……それはどうかしらね?」
母さんのその言葉に、俺とオスカーは顔を向けた。
「……酷なことを言うが、元に戻ったという……前例は無いぞ……」
「やってみないとわからないでしょう? ただ前例が無いってだけで諦めるのは性に合わないわ。ねぇ? アルもそう思うでしょう?」
「え?」
「何もせずに諦める……それで良いの? 例えイルビアを殺してもただ貴方の傷が深まるだけよ? そこを狙われて邪神に何かされたら元も子も無いわ」
「……でも」
そうでもしないとこの世界が危ないんだ。だから、俺は――
「そもそも、貴方にとってイルビアは世界の為に殺せるような人だったの?」
「!!」
……俺が馬鹿だったな。世界を救うことを建前にしてイルビアを助けることを諦めてた。
過去の罪をここで清算して、改めてイルビアと向き合おう。そのためにも――
「オスカーさん、忠告はありがたいけど、イルビアは殺さない」
「おい……正気か……?」
オスカーが有り得ないと言った感じでこちらを見てきた。
「だって、やってみなきゃわからないだろ?」
「……そうか……」
オスカーは一度ため息を吐くと、笑みを浮かべた。
「なら……やってみるといい……。奇跡ってもんを見せてくれ……。邪神を倒して、無事に君と彼女で戻ってきてみせてみろ……」
「そのつもりだ」
「そうかい……期待……してる……ぞ……」
力尽きたのか、オスカーは口元に笑みを浮かべながら目を閉ざし、幻影は姿を消した。
「……本体の方は火葬してあげましょう。また乗っ取られないためにも」
「……そうだな、薪になりそうなもの取ってくるよ」
「ありがとう、お願いね」
待っててくれ、イルビア……。今度は絶対にお前を――。
――――――――――
「無事で良かったですルシカ様!!」
オスカーの火葬が終わったあと、母さんの元に影の傀儡の団員がわらわらと集まってきた。
あれ? なんかここまで同行してきた人数の3倍くらいに増えてるよね? なんで?
「貴方達、今回は本当にありがとね」
母さんはそんなこと気にする様子もなく話を進めているが、正直俺は違和感しか感じない。
「「「ルシカ様!!!」」」
母さんに向かって影の傀儡の団員達が飛び付くように迫ってきたが、母さんの隣には俺が居るので、当然俺も巻き添えを食らう形になる。
「ちょ! アンタら待て! 俺も居……ぐぇっ!」
余程感極まっているのか、俺の事なんて気にせずに影の傀儡は母さんの元に密集し、俺は潰されそうになった。
いや、普通に苦し――
「――離れなさい」
母さんのその一言に、ゾクゥッ!!っと背筋に寒気を感じたと思ったそのときには、影の傀儡達は全員俺たちの周りから離れて整列していた。
えっと……もしかして母さん……怒ってるわけないよな?
「貴方達……アルが『ちょっと待て』と言っていたのにも関わらず飛び付いてきて……アルが苦しそうにしていたのが見えなかったのかしら?」
あ、これアカンやつや。影の傀儡達もそれを感じ取ったのか、顔色が青くなっているのがローブ越しにもわかった。
「お仕置きが……必要かしらね?」
「母さん、今回は皆母さんを心配して――」
「関係ないわ、アルを苦しめた時点で即断罪よ。貴方たち、覚悟しなさ――」
駄目だ。目が笑ってない。こうなったら……
「この人達は凄く心配して窮地を救ってくれたのに、傷つけるなんてことされたら俺、母さんに失望――」
「――なーんて冗談よ? ありがとね! 貴方たち!」
切り替え早すぎるだろ。というか絶対マジだっただろ母さん。
「ほら! それよりもお腹空いたでしょう!? 私が美味しい食べ物作ってあげるから早く帰りましょう!?」
はぐらかす気満々だろ……。ま、母さんらしいな。影の傀儡達の危機も去ったし、これで万事解決だな。
そう言えば……何か忘れてるような――。
「はは、父さん、ついに存在すら忘れられちゃったよ」
未だに俺の父さんは誰にも思い出されることなく縛られていた。
その瞳からは一筋の雫が流れていた。
「誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
その声は誰にも届くことがなく、数日後、幽体離脱した父さんから事情を聞いて漸く父さんのことを思い出したのだった。
話に一段落付いたからハロウィン閑話でも
出そうかなぁ……と悩み中です。