姫の不安
あのあと、ヘレンさんとルリには事情を
伝えたので、残るはファルだけになった。
だが...今日に限ってファルが来ない。
くそっ...頻繁に家に来るのにどうして
こういうときだけ来ないんだ...。
「俺から出向くしかない...のか?」
だが、それだと俺の正体がバレる可能性が高い。
そうだ、いっそのこと手紙で伝えるのは
どうだろうか。
いや、無理な気がする。
まず一般市民から王宮への配達なんて
請け負ってくれるとは思えないし、門番に
『ファルに渡してほしい』と言って手紙を
渡そうとしても門前払いされるだけだろう。
ならばどうする。
そうだ、木の枝に手紙をくくりつけて
ファルの部屋に投げ込めばいいんじゃないか?
銛突きの要領で投げれば届かなくもないはずだ。
ファルの部屋の場所も既に本人から
聞かされているし、これなら...。
「いや、失敗したら大変なことになるよな」
最悪ファルが死ぬことになる。
というか仮に成功したとしても騒ぎになるだろう。
これは矢文のようなものだ。
宣戦布告や威嚇行為だと受け取られかねない。
まずファルは護衛の人や王様にこれを報告するだろう。
そして緊迫の雰囲気になり、王や護衛が
見守る中でファルが手紙を開くとそこからは
俺の書いた文章が――
「俺の人生終わるじゃねぇか」
これも却下だな。
駄目だ、ロクな案が浮かばない。
「...まあ、無理して伝えなくてもいいか...」
ファルには悪いが、現時点の俺にはファルに
このことを伝える手段は無いので、諦めることにした。
そうと決まればあとは出発するだけだ。
俺は準備を終えて家を出ると、玄関の鍵を閉めた。
いざ出発しようと後ろを向いたとき、
そこにはニコニコと笑っているファルの姿があった。
「アル君、どこに行くの?」
あれ...? なんだが背筋が寒くなってきたような...。
「え? ああ、ちょっとお出掛けに...」
「その荷物からして数日間は帰って
来ないんだよね?」
おかしいな、ファルの顔は笑ってるのに
目がまったく笑ってないぞ。
「あ、ああ...そうだが...?」
ファルは不満げな顔をすると、ずいっと
顔を近付けてきた。
「...また私だけ蚊帳の外になってるよね?」
「い、いや! 伝えようとは思ったんだ!
だけど俺には伝える手段が思い浮かばなくて...悪い」
俺が必死に弁明すると、ファルは溜め息を吐いた。
「はぁ...。 まあ、立場的に考えて私に
伝えることが難しいっていうのは尤もな
意見なんだけど...」
「わかってくれたか!」
「開き直らないで?」
「ごめんなさい」
なんだよこの姫様、強すぎだろ。
というか段々と俺は父さんに似てきたような...。
「...アル君」
「なんでしょうか?」
ファルの纏う雰囲気から、思わず敬語に
なってしまった俺だったが、ファルは
そんな俺の返答に気にすることなく話し始めた。
「私ね、心配なの。 最近、アル君を
少し見なくなったと思ったらボロボロに
なって帰ってきたってことが二回も
あったよね?」
邪龍と戦ったときと、イルビアと戦ったときの
ことか...。
「だから、不安なの。 もしかしたら
またどこかで危ないことをしてるのかも
しれないって。 それに、あんなボロボロに
なるまで頑張るなんて...いつ死んじゃっても
おかしくないんだよ?」
...知らない間にかなり心配かけてたんだな...。
「...悪い、心配させて...」
「うん、しっかり反省してください!」
ファルは俺が理解したことに満足したのか、
微笑んだ。
「それで、結局どこに行くの?」
「ああ、それのことなんだが、父さんの
ところに行くんだ。 母さんのこととか、
イルビアのこととか、話し合わなきゃいけない」
「そっか、わかった。 いってらっしゃい」
「おう、行ってくる」
ファルに別れを告げ、俺はいよいよ父さんの
元へと向かいだした。




