村への帰還
テント生活を続けて数日が経った頃。
村長がそろそろ村に戻っても大丈夫だろうと
判断したので、各々がテントをたたみ、
準備を終えると村へと向かいだした。
村に戻れるというのに、皆には元気が
無かった。
それはイルビアも同じだったようで
「村、大丈夫かなぁ...?」
そう不安そうに言葉を漏らしたイルビアを
励まそうと、父さんがイルビアの頭に
ポンと手を乗せた。
ように見えたが、父さんの手が頭に触れる前に
母さんが父さんにチョークスリーパーを
極め、それを阻止した。
「貴方にその役目は渡さないわ」
母さんがイルビアに聞こえないようにそう言うと、
父さんは崩れ落ちた。
そして、母さんは父さんの代わりにイルビアの
頭を撫で始めた。
「大丈夫よ、例え村がどうなっていても、
皆がいればまた作り直せるんだから」
「...うん! そうだよね!」
笑顔になったイルビアを見て母さんは
微笑んでいた。
一方、その後ろで、俺は崩れ落ちた父さんに
肩を貸して起き上がらせた。
この差は酷いと思うんだが。
「なあアル...、女って怖いだろう?」
父さんがぐったりとしながら語りかけてきた。
「父さん、怖いのは女の人じゃなくて
母さんだと思うよ」
「...違いないな」
この理不尽さについて語りながら歩くこと
数時間、ようやく村の近くまで到達した。
足元は、白い何かに覆われており、
村に近づくほどにその白さは増していく。
「...火山灰か...これは大変なことになりそうだぞ...」
「...大変なこと?」
「少なくとも、アルが植えた稲は全部
駄目になっているだろうな」
「えっ...」
マジかよ。 初めての自分の田への田植えが
骨折で遅れた挙げ句に食えないなんて...。
「収穫を終えていない他の家の稲も
それは同じだろうな。
そのうち王都に行って食料を買ってくればいいだろう」
「そっか...」
だが、やはり自分の稲が駄目になったのは
悲しい。
「ねえ? 稲を弔ってあげたいん
だけどいい?」
「...ははっ、わかったよ。
初めての自分の田に植えた大事な稲だもんな」
行き過ぎた発想をした俺に、父さんは
笑わずに応じてくれて、村についたあとに
俺と父さんは田へと向かった。
だが、俺の田には稲が存在していなかった。
「え?」
「...これは」
火山灰に埋もれているのかと思ったが、
そういうわけでもなく、本当に稲自体が
消えていたのだ。
「...なんで?」
それは俺の稲だけではない。
まだ収穫が終わっていなかった
他の田の稲でさえその姿を消していた。
俺は嫌な予感がして、他の畑に向かって
駆け出した。
「アル!!」
父さんの静止を振り切り、俺は畑を
とにかく回り続けた。
だが、どの作物も全て姿を消しており、
残っている作物はひとつもなかった。
「...どうして...」
疑問に思っていたそのとき、近くでガサッという
音が聞こえた。
「...?」
音のしたほうを見ると、そこには
バッタのようなものがいた。
「これは...」
「はぁっ...はぁっ...。 アル!!
待てと、...言っただろう...?」
息を切らしながらこちらに走ってきた
父さんは、俺の近くまで来ると膝に手をおき、
肩で息をし始めた。
俺はそれに構わずバッタらしきものを
指差し
「父さん、あんなのってここに居たっけ?」
「ん? あんなのってのは...?」
父さんが顔をあげて俺の指差す先にある
バッタらしきものを見た瞬間、父さんの
表情が凍りついた。
「...蝗害だ...」
「...え?」
「あのバッタ、恐らく群れからはぐれた
やつだろうが...多分作物はすべて
アイツらに食われたんだ」
「...バッタが?」
「ああ、クソッ...!
よりによってこんなときに蝗害なんて...!
アル! 俺は急いで王都に行ってくる!
母さんに伝えておいてくれ!」
「えっ!? ちょっ! 父さん!?」
俺の静止の声もむなしく、父さんは
止まることなく走り去っていった。
俺は急いで帰って母さんにこのことを話した
ところ、母さんは悔やむような顔していた。
母さんのことだ、もしかしたらこうなることが
予想出来ていたのかもしれない。
そして、帰ってきた父さんからはこう知らされた。
「食料はもうなかった」と。
中国では蝗害で恐ろしい被害を受けた
過去がたくさんあるようです。




