避難開始
荷物の準備を終え、馬車にその荷物を入れた後、
先程の場所へ戻った。
すでに他の村人達のほとんどは準備を
終えていたようで、大体の村人が再び
集まっていた。
だが、未だに村長の姿が見えなかった。
「まだ村長は家にいるの?」
イルビアが先程の男の人にそう聞くと、
男は困ったような顔をして話し始めた。
「そうだな。
流石にそろそろ出てきてくれないと困るんだが...。
...そうだ。 君達、ちょっと村長を呼んできて
くれないか?
きっと腰痛なんて仮病だろうから
引きずり出して来てくれると助かるんだが...。
頼めるか?」
「わかった! じゃあ俺が行く!
イルビア、ちょっと行ってくるから馬車は頼んだぞ」
「うん!」
イルビアの了解を得たあと、俺は村長の家へと向かった。
「村長!! 居るんだよね!?」
そう言って返事が返ってくるのを待たずに
玄関を開けて中に入ると、村長は寝転んでいた。
「おお...、アル、来たんじゃな...」
「やっぱり腰痛って嘘だったんだ!」
「ほっほっほ。 こうでもしなければ
あやつに緊急時の村長の仕事を経験させて
やれんのじゃよ」
「村長の...仕事を?」
「うむ、ワシは次の村長をあやつに頼もうと
思っておる。 代わるのはまだ先になる
じゃろうが、それでも経験させておくのは
大事じゃからな」
...一応理由があってやったことなんだな。
「さて、そろそろワシも行くかの。
よっこらせ...」
そう言って村長が立ち上がった瞬間
「ぬぐぅっ!?」
村長は腰を押さえて床にうずくまった。
「...え?」
「ヘキセンシュスじゃあ...!!」
「ヘキ...セン、シュス?」
なんだそれ...。
「腰が...腰がぁ...!! も、もげるぅぅぅぅ!!
おごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
マジでもげかけるとは思わなかった。
というかこれ...
「いや...、それ見たところただのぎっくり腰――」
「ただのとはなんじゃあ!?」
村長が くわっ! と目を見開いて俺の方を見た。
「ぎっくり腰を舐めるんじゃないわぁぁぁぁぁ!
ぎっくり腰は我々が最も畏怖すべき
とんでもなく恐ろしうぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
腰を押さえて身動きをとらずに脂汗を滲ませながら叫ぶ
村長を冷たい目線で見下ろしたあと、俺は何も
言わずに村長の家を出て、イルビア達のところへ戻った。
俺が一人で戻ってきたことに男は不思議に
思ったのか、話しかけてきた。
「村長は連れてこれなかったのか?」
「ヘキセンシュスとか言って床を転がり
ながら叫んでたから置いてきた」
「...ぎっくり腰か...」
あ、それで通じるんだ。
「ねぇ? ヘキセンシュスって何?」
イルビアの質問に答えたのは男だった。
「古い言葉だ。 直訳で『魔女の一撃』という
らしい」
どういうことだよ。
「『魔女の一撃』?」
「ああ。
ちなみに今で言うとぎっくり腰という意味になる」
だからどういうことだよそれ。
そんなに恐ろしいのか、ぎっくり腰は...。
「ぎっくり腰は魔女のせいなの?」
「いや、そういうことじゃなくて、
それほど痛いってことだろうな」
...絶対ぎっくり腰にはなりたくないな...。
「さて、ぎっくり腰になってしまったのなら
仕方がない、俺達だけで逃げるか。
何、村長はぎっくり腰でも死にはしないだろ」
俺達がその言葉に頷くのを見た男は、
村人に事情を説明し、村長を残して先に
避難することになった。
それが決まるやいなや、皆が移動を始めた。
どうやら事前にどこに避難するかを
伝えていたようだ。
そのとき、イルビアは『あっ』と
何かに気がついたような顔をした。
「...そういえば父さんと母さんが
今日は王都に納品しに行ってるんだけど
どうやってこれを伝えればいいの?」
「それなら安心してくれ。
今回避難するのは王都方面だ。
この時間ならもう王都から戻り始めてる頃だろう。合流出来るはずだ」
「そっか」
『なら安心』と、表情をほころばせる
イルビアを見て、男は優しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、じゃあ君達は先に行っていてくれ。
私はちょっとぎっくり腰にやられた村長を
どうにかしてくる」
「...おいてくんじゃなかったの?」
「あんなのでも村長だからな。
無下には出来んさ。 ほら、君達は早く行っていろ」
そう言うと、男は村長の家へと向かっていった。
「...イルビア、俺達も行こうか」
「うん」
次々と避難を始める村人達に着いていき、
俺達も避難を始めた。
ぎっくり腰はドイツ語で魔女の一撃と
言うらしいです。
それを取り入れたかったのですが
少し強引すぎたかなって思います。




