大惨事
若木骨折が判明してからというもの、
俺は早く治して田植えをするためにも、家で
大人しくしていた。
「...はぁ」
イルビアと出会ったときに発生していた飢饉の
影響なのか、物価は飢饉の前よりも高いままなのだ。
早く治して農業に参加しなければと思っては
いるが、相変わらずこの腕はそう簡単に
治ってはくれないようだ。
「はぁ...」
もう一度、俺は大きな溜め息を吐いた。
そのとき、ドンドンと玄関を叩く音がした。
「おーい! アル! いるんだろー?」
この声は...テスタか。
「いるぞー! 何のよ――」
「邪魔するぞー!」
俺が最後まで言い終える前に、テスタは
玄関を開けて部屋まで入ってきた。
「...おい」
我が物顔で入ってきたテスタに、俺は
責め立てるような視線を向けたが、テスタは
ケロっとした顔をしていた。
「大丈夫だ! さっき外で会ったお前の母さんに
許可を取ってあるからな!」
「そうか...ならいいんだけどさ...」
テスタは俺の言葉を聞いて不服そうな顔をした。
「なんだよー? 暇そうにしてるアルのために
見舞いに来たってのに...」
「見舞い、ねぇ...」
テスタのことだからロクなことにならない
気がしてくる。
この不安はなんなのだろうか。
「しっかし、こんなこといったら
アレだけど正直羨ましいぞ、アル」
「羨ましい?」
「だって親の仕事手伝わないで
サボれるじゃんか。 ほんとに羨ましいぞ」
「なん......だと?」
馬鹿な......、農業を休めることが羨ましい
だと?
「テスタ......」
「お? どうした?」
俺はテスタの肩に骨折をしていない方の手を
置くと
「ちょっとさっきの羨ましいという
言葉について軽く話そうか」
「お......、おう......」
そのとき何故かテスタが恐怖に染まった顔を
していたが、俺はそれを気にすることなく
話し始めた。
そこから数十分、いや、もしかしたら
数時間だったかもしれない。
俺は、農業が出来ることがどれだけ幸せな
ことなのかをテスタに説き続けた。
その結果
「すみませんでした」
「よろしい」
テスタは土下座をして俺にひれ伏すこととなった。
これでテスタも農業の大切さに気がついて
くれるだろう。
そう思っていると、玄関が開く音がした。
「お兄ちゃーーん!! ただいまー!!」
イルビアが帰ってきたようだ。
イルビアは廊下を走り、俺の居る部屋に
入ってきた。
「ねぇねぇ! あのね! さっきモネおばさん
からこんなに大きい野菜が貰......」
笑顔だったイルビアは、俺達を見た瞬間、
手に持っていた野菜を落とした。
「お兄ちゃん......、えっとね、趣味の形は
たくさんあると思うけど、こういうのは
あの...ね?」
「「え?」」
なんだか嫌な予感がする。
俺と同様、テスタも嫌な予感がしたのか
顔を上げてイルビアの方を向いていた。
イルビアは少し顔を赤らめながら
話し始めた。
「前にお母さんが言ってたんだけど、
こういうの、″えすえむぷれい″って言うん
だよね? 特殊な趣味だから邪魔しちゃ駄目
だってお母さん言ってたし...、ごめんね?
ごゆっくり――」
そう言ってイルビアは部屋の扉を閉めた。
「......」
「......」
俺とテスタはしばらくお互いに見つめ合った。
そして――
「イルビアァァァァァァァァァァァ!!
違うんだ!! これは違うんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
「イルビアちゃん! 誤解だ!!
待ってくれよ!!」
誤解を解かんと、テスタはすぐに部屋を
出ていってイルビアを追い始めた。
俺も、安静にしていろと言われたにも
関わらずに立ち上がると、走ってイルビアを
追い始めた。
が、
「げぇっ......!?」
先程イルビアが落とした野菜に躓き、
俺は固定された腕を前に、そのまま前方へと
倒れた。
怪我をした腕から、ベキッと嫌な音が聞こえた気がした。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
言うまでもないが、完治にかかる時間が
増えてしまったのだった。




