真の力の授与
振り下ろされる腕の動きがスローに見える。
だが、その腕は無慈悲にもユリアを
殺さんと徐々に近付いていく。
そして、ユリアの頭上まで腕が到達したそのとき、腕の動きが止まった。
「...え?」
もしかして寸前になって人としての情が
戻ってきて、殺すことをやめてくれたのだろうか。
そう思ったが、イルビアは微動だにしない
どころか、まばたきすらしていない。
彼女は完全に静止していた。
それに、静止していたのはイルビアだけではない、
ユリアまでもが完全に静止していた。
これは明らかにおかしい。
「何が...起こってるんだ?」
立ち上がって周りを見渡してみれば、
割れた窓から入ってきた風によって揺れていた
カーテンすらもそのままの形で静止していた。
これは恐らく、俺以外の全ての動きが静止
しているということだろう。
「誰がこんなことを...?」
「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?」
不意に後ろから声が聞こえた。
驚きはしたが、その者の発する慈愛に満ちた声は、俺の警戒心を解くのに十分なもので、
特に危機感も無く落ち着いて振り向いた。
そこに居たのは、女性の形をした光輝く存在だった。
顔はのっぺらぼうのようになっており、
口だけがあるのがわかった。
「アル・ウェイン君。 はじめまして。
今は思念体しかこっちに存在出来ないから
こんな姿になってるけど、気を悪くしないで?」
「思念体...? 貴女は一体...?」
「ああ、ごめんなさい。 そう言えばまだ
名乗っていなかったわね」
目の前の思念体なるものは身なりを
整えるような仕草をして
「私はスプンタ・マンユ。
自分で言うのもおこがましいと思うけど、
善神って言えばわかりやすいかしらね。
何はともあれ、よろしくね」
「善神様、ですか...?」
とりあえず跪いたほうが良いのだろうか。
俺は片膝を床に付け跪こうとすると、善神様の
思念体が「ちょっ...!!」と言ったかと思うと、俺の両肩をガッと掴んだ。
思念体でも接触行為の干渉は出来るのか。
流石神様、凄いな。
「別にそんなことしなくてもいいし様付けもいらないの!
それに、私はひとつ謝らなくちゃいけないことがあるの」
「謝らなくちゃいけないこと...ですか?」
「本来、貴方の全てのスキルレベルが
最大になったときに私の力の一部を渡そうと
してたんだけど、邪神に妨害された挙げ句、
さらに貴方が邪神の加護を受ける結果になってしまったわ。
油断していた私が全部悪いの、ごめんなさい」
そう言って、善神様は深々と頭を下げた。
「ちょ...! そんな簡単に頭を下げないで
くださいよ!!」
何で俺の周りの偉い人はすぐに頭を下げるんだ!?
俺が慌てふためいている間にも、善神様は頭を
下げたまま話し続ける。
「でも、今は好都合なことに貴方から邪神の加護が一度剥がれているの。
多分、この状況なら私の力を渡せるわ。
これが自分勝手でワガママだってことは理解してる。
でもお願い。 この力を受け入れて...世界を
邪神の手から守ってくれないかしら?」
...そんなこと、聞かなくてもわかるだろうに...。
「...まずは頭を上げてください」
「でも...これは私の反省の気持――」
「じゃあこの話はなかったことにします」
「はい」
頭上げる速度早ぇな。 流石神様(二回目)。
まあ、そんなことは置いておこう。
俺は思念体の目(と思われる部分)を見つめながら
話し始めた。
「俺には守りたい人が居るんです。
でも、今の俺じゃ他人どころか自分すら
守ることが出来ません。
だから、俺からもお願いします。
強くなるために、大切なものを守るために、
そして、世界を守るためにも...俺に力を貸してください」
思念体は現段階で唯一見ただけで感情を
伝えることが出来る口元に笑みを浮かばせた。
「貴方は優しくて、強くて、仲間想いなのね」
「いや、俺は所詮、神様の加護が無ければ
ただの農民ですよ」
その言葉に思念体は手を口て当ててクスリと
笑った。
「あら? フォレストドラゴンを漁業スキルで
一撃で倒せる農民さんがどこに居るのかしらね?
...さて、じゃあそろそろ時間も無いし、
この力、授けるわね」
思念体は俺を抱き締めると、強く光り出した。
「私の力じゃ数秒前までしか時を戻せないけど、
なんとか腕が振り下ろされる前くらいには
戻れると思うわ。 まずはあの子が
殺されちゃうのを阻止するところから始めてね。
そのあとのことは貴方に任せるわ。
じゃあ、この世界のことをよろしくね。
――それと、妹さんを...救ってあげて」
「...わかりました」
善神様の思念体は光の粒子となって消えていった。
体が軽い。 それに、この湧き上がる力は――。
「――もう消えて」
聞き覚えのある低い声の言葉が聞こえ、
振り向くと、すでにイルビアはその腕を
降ろし始めていた。
え? 展開早くない?
とか考えてる暇なんてあるか!!
「させるか!!」
俺は二人の方に手を伸ばした。
俺の張り出した声に驚いたのか、一瞬
イルビアがこちらを見た。
その瞬間、黄金に輝くツタのようなものが
床から凄まじい速さで生えてきたかと思うと、
振り下ろしていた腕を拘束した。
「この力...お兄ちゃん、まさか!?」
イルビアは自分の腕を拘束した黄金のツタと俺を交互に見て、顔を驚愕に染めた。
今、俺の体は思念体と同じような色の光を纏っていた。
負ける気は、しない。
「イルビア。
俺は兄として...お前を止める!」
ようやく農民としてのチートスキル
渡せた...。