抗えない現実
「あははっ、お兄ちゃん気付くのが遅いよー!
もうちょっとで自分からバラすところだったよー?」
そう言って無邪気に笑うイルビア。
その姿だけ見ればただの子供だった。
だからこそ、信じられなかった。
「どうして...邪神側に...?」
俺のその質問に、イルビアの顔から
笑顔が消えた。
「...なんか、つまらなくなっちゃったね、
お兄ちゃん」
「...は?」
「昔から見るだけでほとんど何でも出来た
私が唯一出来なかったのがお兄ちゃんのやる
ことだけ、だから、お兄ちゃんのことなら
予想を上回ることをしてくれると思ってたんだよ?
でも、さっきからお兄ちゃんは誰にでも
わかるような反応しかしないし...」
だからつまらないの、と呟くイルビアは
ふてくされた子供のような顔をしていたが、
すぐに笑顔に戻ると
「まあ、別にいいんだけどね!
本来の目的はそっちじゃないし!」
「本来の...目的?」
そう、と言いながらイルビアは俺に向けて
手を伸ばすと
「――お兄ちゃん、一緒に世界をぶっ壊さない?」
向けられたその目は、俺を睨み付けて
離さなかった。
「イルビア...お前...」
他の人がそんなことを言えばただの戯言と
処理できるが、邪神から力を得た彼女が
言うからこそ、真実味が湧いてくる。
第一、このタイミングで嘘をつくとは
思えなかった。
「本気...なのか?」
「うん、勿論だよ。 こんな世界、
壊しちゃった方がいいもん。 邪神様の
この力さえあれば――」
イルビアは腕を横凪ぎに振るう。
ただそれだけで床は抉れ、腕を振った方向の先に
ある壁はいとも簡単に崩壊した。
それだけではない、崩壊した壁の向こうに見える
山すらも、その一部が抉り取られた。
「こんな世界...簡単に壊せちゃうんだから。
それに、お兄ちゃんならこれ以上の力を
得られるんだよ?」
イルビアはしゃがみこみ、俺の頬に手を置くと
「だから...ね? その力で...もっと私を
楽しませて?」
イルビアの目を見ていると、自分まで狂っていく
気がする。
脳内がぐちゃぐちゃに混ぜられたような
気分になってくる。
もう考えることすら面倒臭くなってきた。
ああ、なんか...もういいや。
「俺...は...」
「駄目!!」
ユリアの大声に、俺はハッとした。
今のは...何だったんだ?
「ちぇっ...あと少しだったのに...」
「今のは幻覚を利用した洗脳だよ。
はぁ...危なかった...」
ユリアはホッと安堵の息を吐いたが、
「...邪魔しないでくれるかな?」
「え? ...ぐぅっ!?」
ユリアはイルビアに首元を掴まれ、
そのまま持ち上げられた。
「くっ...やめ...」
首元を掴む腕の手首を両手を掴み、
もがいて抵抗するユリアだったが、イルビアは
まったく動じなかった。
「イルビア! やめろ!!」
俺は立ち上がってイルビアに掴みかかるが、
イルビアは無表情のまま俺を振り払った。
「ぐあっ...!」
俺はゴロゴロと床を転がり、再び床に倒れた。
痛む体に鞭を打ち、何とか顔を上げると、
イルビアが俺を見下ろしていた。
「所詮ね、世界は理不尽に満ち溢れてるんだよ?
お兄ちゃんがこっち側に来ないんだったら
お兄ちゃんは目の前で大切な人達が死んでいくのを
ただ見ていることしか出来ないけど...。
ただ、もしも邪神様の力を受け入れるって
言うなら...大切な人くらいは生かして
おけると思うよ?
でも、もしも今すぐに受け入れないって
言うんだったら――」
イルビアは掴んでいない方の腕を上げると
「――この子は私が殺してあげるね」
冗談でもなんでもない、ただただ本気の言葉
だった。
そもそも、今までの力が邪神によるものだった
時点で、俺はもうすでに邪神の配下だった
ようなものじゃないか。
なら、元に戻るだけだ。
それだけで、ユリアが、皆が守れるのなら。
俺は――
「受け入れちゃ...駄目!
私の、こと...なんか...気にしないで!!
受け入れちゃったら...お兄ちゃんじゃ
なくなっちゃう...!!」
首を掴まれて苦しいだろうというのに、
ユリアは俺に声をかけてくれた。
「でも、そしたらユリアが...皆が...」
「お兄ちゃんみたいな...優しい人の
大切な人達は...、多分、自分のせ、いで...
お兄ちゃんが...邪神、の配下に、なる、くらい
だったら...私にみたい...に...すると、思うんだ...」
苦痛に顔を歪ませながら、ユリアは
何とか言葉を紡ぎだしていた。
それをイルビアは忌々しげに睨んでいた。
「まだ邪魔をするの? それなら――」
「お兄ちゃん...なら、きっと...どうにか...
出来るから...今は...逃げ...」
ユリアが言い終わる前に、イルビアは
その腕に並々ならぬ魔力を纏わせ
「――もう消えて」
「やめ...ろ...」
俺は大した声も出せずに、ただ腕を伸ばすことしか
出来なかった。
そして、イルビアの腕が振り下ろされた。
 




