知ることになる傲慢
「はぁ...はぁ...」
「うぅ...叫びすぎて喉が痛いよぉ...」
海を駆け抜けた俺と、あの速度を耐え抜いた
ユリアは、二人して地面に転がっていた。
ちなみに、俺はただ走っていただけではなく、
襲ってくる魔物も対処していたので、
沈まずに走るのと同時に魔物退治をしながら
進むということはかなり疲れるものだった。
「ここまで...来れば...あとは案内は
頼める...よな?」
俺が肩で息をしながらも隣で転がっている
ユリアに問いかけると、ユリアは涙目の
顔をこちらに向けた。
どうやら余程水上走行が怖かったらしい。
いや、俺も怖かったけど。
そして、ユリアは口を開くのだった。
「...わかんない」
「...え?」
「私...魔族領に居たときもここまで
来たことないもん...」
...まあ、そうだよな。
俺だって人間領の全ての地理を知っている
わけではないし。
「じゃあ、進むか。 わからない者同士
協力してさ」
俺は立ち上がると、ユリアに手を伸ばした。
「...うん! お兄ちゃん!」
...その呼び方...出来ればやめてもらいたいん
だよなぁ...。
だってそれは――
「...お兄ちゃん?」
気づけば、ユリアが心配したような顔で
俺の顔を覗きこんでいた。
「...ああ、ごめん。 何でもない。
じゃあ、行こうか」
「うん! じゃあ私が先を歩くね?
一応、道はわかんないけど私の方が魔族領の事は
知ってるから」
「おう、わかった」
俺がそう言うと、ユリアは俺の手を掴んだ。
「じゃ! 行こー!」
ユリアは俺の手を掴んだまま進み始めた。
「...子供って元気だなぁ...」
そして、ユリアが目の前の森に一歩踏み入れた
そのときだった。
木の影から、5人の魔族がバッと現れた。
そして、全員が虚ろな目をしながら、己の武器を
手に襲いかかってきた。
「ユリア! 俺の後ろに居ろ!」
俺はすぐにユリアを引き寄せて俺の後ろに
移動させると、俺は彼女を守るように立つが、
魔族の5人はそれぞれバラバラの方向から
攻撃を仕掛けてきた。
タイミングも同時では無く、わざとズラされて
おり、誰から処理をすればよいのか
わかりにくい戦い方だ。
だが、それはステータスで無理矢理対応できる。
突き出された槍を掴むと同時に、振り下ろされた
剣を掴むと、他の方向から襲いかかる魔族に
向けて振り回した。
槍を持っていた魔族は、別の魔族に当てることに
成功し、二人して仲良く飛んでいったが、
剣を持っている魔族は回避され、ただ投げ飛ばす
だけの結果となった。
そして回避した魔族はそのまま俺の元へを
斧を振りかぶって向かってくるが、俺は
斧を腕を横に振り払うことで弾き、そのまま
腹に一撃を決めた。
これで終わりかと思ったが、先程剣で
襲ってきた魔族は、ただ投げ飛ばしただけ
だったのでほぼダメージを受けておらず、
すぐに起き上がりこちらへ向かってくる。
起きているのは目の前で剣を持っている魔族のみ。
つまりユリアを守る布陣で無くとも大丈夫だと
判断した俺は、自分からも魔族に向かっていった。
魔族の横凪ぎに振るった剣をしゃがんで回避
すると、そのまま拳を握りしめて立ち上がり、
顎にアッパーを決めた。
そして、ようやく全員の魔族が地に伏せる
ことになった。
「...ふぅ」
そして俺は気絶している4人の魔族を見回す。
...4人?
確か襲ってきたのは5人ではなかったか?
「――しまっ...!!」
後ろを振り向いたときには遅かった、
5人目の魔族が、ユリアの後ろに回り込んで
おり、その両手に持たれている大きな剣は、
すでに振りかぶられており、ユリアの
頭上にあった。
あれがそのままユリアの頭の捉えれば、
言うまでもないが、彼女は無惨な姿へと変貌する。
そして――
グシャアッ!! と何かが潰れるような音がした。
「...嘘...だろ?」
信じられない。
信じられるはずがない。
だが、現にそれは目の前で起きてしまっている。
そう――
――魔族は巨大化した白い手紙によって潰されていたのだ。
「あれ母さんの仕業じゃねぇか!!」
剣は潰されたときの衝撃で手から離れて
飛んでいっていたので、ユリアには傷ひとつ
付いていなかった。
そればかりか、後ろに魔族が居たことに
今気が付いたようで、手紙の下敷きになっている
魔族を見て驚いていた。
「...何? これ...?」
俺が知りたいわ。
下敷きになっていた魔族は、地面にめり込んで
いたものの、命に別状は無さそうだった。
母さんのこれには驚いたが、あれが
無ければユリアは死んでいた。
ステータスだけを頼りにしていた結果がこれだ。
ステータスに振り回されているその姿は、
一般人に聖剣を与えたようなもの。
ロキに言われたこの言葉が、今になって心に
突き刺さった。
圧倒的に、俺には経験が足りない。
それなのにもかかわらず、どこか自分の力を
傲っている。
自分の不甲斐なさを悔やんでいると、
手紙が元のサイズに戻り、そして俺の
ところへと飛んできた。
表紙には
『必要な情報が書いてあるわ、読みなさい』
と書かれている。
手紙を開封してそれを読むと、魔族領の地図と、
どこへ向かえば良いのかが記されていた。
なんでも魔族の友人に聞いたと書いてあるが、
どうしてこんなにも俺のことがわかるの
だろうか...。
「...ん?」
下の方に何か書いてあった。
『P.S:誰かを守りたいのなら強くなりなさい。
他人を守るということは自分を守るよりも
難しいことなの。 だからアル。 貴方には
大切な人達が居るんでしょう? それなら、
強くならなくちゃ。 大丈夫。 折れそうに
なったらいつでも私が愛を注いで励まして
あげるから!!』
不覚にも、あの母さんからの手紙だと
言うのに、気分が少し軽くなった。
いつもは親バカなのに、こういうときだけ
それらしいことを言ってくれる...。
世界一の母親だよ、母さんは。
そう俺が感動していると
『でも将来は私を守ってくれるのよね!?
まさか誰か他の女のところに行くわけじゃ
ないのよね!? ね!? ねぇ!?』
――前言撤回。
先程の言葉はクシャクシャに丸めて
ネディルスにでも食わせよう。
「お兄ちゃん...」
ユリアが俺の服の袖を摘まんでくる。
「皆ね、私の知ってる人なの。
優しくて、お菓子とかくれて、遊んでくれて、
なのに...ほんとに...さっきから...もう嫌ぁ...」
耐えきれず、泣き出してしまった。
辛いだろう。 彼女はまだ子供だ。
俺だって同じ立場だったらそうなるかもしれない。
だけど、乗り越えなきゃ何も変わらない。
「辛いのはわかる。 だけどユリア、
お前はどうしてここまで来たんだ?」
「うぐっ...ひくっ...それは...」
「魔族の皆を助けるためじゃないのか?」
厳しい言い方になってしまうが、それでも
これはユリアの為だ。
「...でも...でも...!」
「だったら、このままで良いのか?
放っておいて、これでこのままこの状況が
悪化したらどうなる? もしかしたら、
皆死んじゃうかもしれないんだぞ?
それでも良いのか?」
ユリアはその言葉に俯くと
「...やだ!! そんなのやだ!!」
そう言って顔を上にあげた。
「だったら......進もう。
ここで止まってちゃ、何も変わらない」
俺はユリアを抱きしめ、頭を撫でた。
「...大丈夫、俺達なら出来るさ。
それに、こういうのは気持ちが大事なんだ。
最初からこんなんじゃ、助けられるもんも
助けられないぞ?」
「............そうなの?」
「ああ、だからさ、辛いかもしれないけど、
元気出して、頑張ろうぜ」
「...うん!」
ほっ...。 どうやら元気が出たみたいだ。
「ねぇ? お兄ちゃん」
「ん?」
「私...皆を助けたい! もう何があっても
泣かない! だから――!」
ユリアは手を俺の腰に回し
「...一緒に来てくれる?」
...はぁ、と俺は溜め息を吐き
「当たり前だろ、馬鹿」
そう言って俺は乱暴にユリアの頭を撫で回した。
というわけで手紙が動いたのはホラーでは
なくこれが起こるという伏線でした(白目)




