そこに居たのは
「……ついに来たんだね、お兄ちゃん」
「イルビア……」
ここに居るのが、もしかしたらイルビアではないかという考えがないわけではなかった。
が、それでもイルビアがここに居たという事実は、俺を少し動揺させた。
「……びっくりした? 私がここに居て」
見透かされたように、そして茶化すように言われた俺は、これ以上心中を悟られないように気を引き締め、
「いや。邪神の伝言とはいえ、ここにはイルビアに呼ばれて来たんだ。それなら居ないと考える方がおかしいだろ」
「そっか。それもそうだよね」
「ああ。だからお前が居ることは想定してたし、お前を倒す覚悟も決めてきた」
「…………」
何か言い返してくるとばかり思っていたが、イルビアはそれきり黙り込んでしまった。
「なんだ……? どうして何も言わないんだ……?」
「……それは……」
イルビアは口を開こうとするものの、またすぐに口を閉ざしてしまった。
おかしい。邪神の配下になってからのイルビアには何度か会っているが、こんなに静かで大人しかったことはなかった。
今までのような恐ろしさや狂気は一切感じず。まるで別人のようにも思えた。
まさか、油断を誘っているのか……?
「……お兄ちゃん」
「ッ!?」
顔を上げたイルビアの表情を見て、俺はイルビアが油断を誘っていると疑っていたことを悔いた。
初めてイルビアと出会ったとき、ボロボロの状態で俺たちの前に現れたときと、今のイルビアの表情は、ほぼ同じだった。
疲れきっていて、やつれていて、まるで生気を感じられない。唯一違う点があるとすれば、今あげたものに加えて……とても悲しそうにしていたことだった。
「イルビア! 一体何が……ッ!?」
聞こうとした俺に対し、イルビアは手を前に出して制止を促した。
「駄目なの、お兄ちゃん。……駄目なんだよ。これ以上は」
「駄目って、何がだよ……?」
「何だろうね? そんなことより――」
俺の言葉に、イルビアは答えなかった。
そして、答える気はないと言わんばかりにわざとらしく話を逸らして、イルビアは話し始めた。
「お兄ちゃん。これが本当に最後になるから良く聞いて」
「……ああ」
「あと少しで、私は多分お兄ちゃんに殺すつもりで襲いかかっちゃう」
「そうか……」
「私を殺さないと、私は止まってくれない。だから、例えどんな状況になったとしても……きっと私を殺してね」
「……イルビア、お前……」
「えへへ。お兄ちゃん、優しいからきっと躊躇しちゃうと思う。だけど、私はお兄ちゃんに死んでほしくない。死んじゃ嫌なの」
「待てよイルビア……。何で……」
「最後にこんなこと頼んじゃって…………ごめんね」
そう言ったイルビアの瞳から、一粒の水滴が落ちたのが見えた。
「何で……何で今そんなことを――」
言いかけて、俺は背中に強い衝撃を受け、そのまま数m飛ばされた。
「かはっ!?」
「悪いがサービスはここで終了だ。イルビアにどうしてもと頼まれたし、最後に妹の話を聞かせるくらいなら良いだろうーーと思ったが、流石に長すぎだ」
「ぐっ……」
強い衝撃と言っても、身体にはそれほどダメージは入っておらず、俺は腕に力をいれてゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。
「お前が……イルビアを……こうしたのか……?」
「……そうだと言ったら?」
「絶対にお前を倒してや…………る…………?」
立ち上がって顔をあげたことで、俺は襲撃してきた者の顔をようやく認識出来た。
それと同時に、俺の握りしめたはずの拳がぷらんとだらしなく力抜けた。
「……どうした? かかってこないのか?」
「……おい、冗談キツいぞ……。マジで言ってんのか……?」
「マジもマジ。本気と書いてマジだせ。アル」
「何でだよ! どうしてお前が……!!」
俺の目の前には、不敵な笑みを浮かべたテスタが立っていた。




