邪龍戦
今回の話には一人称と三人称が
入り混じっています。
ご了承ください。
俺はヘレンさんに、彼女の弟から聞いたことを
伝えるために王都に向けて走っていた。
それほど時間もかからずに王都に着いたが、
色々と物が散乱しているし、並んでいたと
思われる人達もどんどんと逃げるかのように
ここから離れていく。
そればかりか、王都の中からも、こちらへ
人波が流れ込んでくる。
嫌な予感がする。
何があったのかを聞くために門番を探すと、
普段は二人一組であるはずの門番が、一人だけで
立っているのが見えた。
「門番さん、一体何があったんですか?」
俺は少し早口で捲し立ててしまったが、
門番は聞き取れたようで、ちゃんとに
答えてくれた。
「見た目は黒龍に似ているが、正体不明の龍が
ここの門の上から王都内に入り込んだ。
今、もう片方の門番がそれを連絡しに行っている。
それで、その龍は東門の方へと向かっているよう
だから、龍を目撃した民は東門と正反対の
位置にあるここ西門から逃げ始めているという
わけだ」
「もう来やがったのかよ...!」
だとしたら王都は勿論ヘレンさんも危ない。
「君も一度避難した方が...おい! 君!?」
俺は人の流れを無視して、無理矢理王都の中に
入った。
王都に入ると、まだ被害らしい被害は見当たらず、
建物やオブジェは、まったく壊れていなかった。
何でだ...? ほとんど全ての建築物を破壊するかと
思っていたんだが、建築物はおろか人にも
手を出していないように思える。
とりあえず、目立った被害が出ていないから
それに越したことはない。
とりあえず冒険家ギルドに向かって
ヘレンさんに伝えないと――
「あ! ちょっと!」
呼び止められたので、声のした方を向くと
「ウォンさん...?」
「丁度良かった!
あんた、ヘレンのこと知らないかい!?」
焦っているようで、切羽詰まった様子で
俺に質問を投げ掛けてくる。
「ヘレンさんなら今丁度冒険家ギルドに
探しに行こうとしてたんですが...」
「あの子、今日は休んでるみたいなんだよ!
話を聞くと昨日も休んだって聞くし...。
まさか何も知らずに家に居るなんてことが
あったら...」
「...参考までに聞きますがヘレンさんの家は
どの方向にありますか?」
「あっちだよ」
そう言ってウォンさんが指差した方向は――
「.........ッ!! マジかよ!!」
俺は直ぐ様走り出した。
ウォンさんが指差した方向である――
――東門の方へ
――――――――――――
邪龍は舌舐めずりをしつつ、
その二つの目でヘレンの事をじぃっと見つめていた。
「フフ...コノ日ヲドレダケ楽シミニシテキタ
コトカ...。 貴様ノソノ絶望ニ染マッタ顔ヲ
見ルタメニ、ココマデ来タト言ッテモ過言デハナイ」
「なん...で...?」
ヘレンは目の前の光景が信じられなかった。
「貴様ハ アノ時ハ放心デモシテイタノカ
聞イテイナカッタヨウダガ、私ハ確カニ
言ッタハズダゾ?
″イツカ、貴様、モシクハ貴様ノ子孫ノ前ニ
我ハ現レルダロウ″
...ト、今ガソノ時ダ」
邪龍は腕を振り上げた。
「安心スルガヨイ。
貴様ヲ殺シタ後ハ、他ノ奴等モ殺シテヤル。
皆デ仲良ク殺サレルンダカラ寂シクナイダロウ?」
その言葉に、ヘレンの目尻に涙が浮かんだ。
(また...私のせいで...誰かが...)
12年前に弟のかわりに生き残ったというのに、
今度は皆を巻き込んで死ぬことになってしまった。
また誰かを死なせるのか。
自分のせいで巻き込むのか。
「――絶望シテ、死ヌガヨイ」
腕が振り落とされる瞬間、彼女はただ
腕を見上げていることしか出来なかった。
(私なんて―――あのとき死ねば良かったんだ)
生きていたことを後悔してしまった彼女に、
邪龍の容赦ない一撃が歯を剥いたが――
突如、凄まじい勢いで地を蹴る音が響き
「おおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げ、邪龍の横っ面をぶん殴った者の
この行動により、その一撃が彼女に
届くことはなかった。
「グゴァ!?」
自分の体が人間からの攻撃を通すとは
思っていなかった邪龍は、堪らず殴られた
勢いにより、様々な建物を下敷きにしながら
倒れていく。
「あ...、...え?」
ヘレンには何が起こったのかわからなかった。
ただ、唯一わかったのは...
「間一髪、助けに来ましたよ。 ヘレンさん」
弟に似た彼に助けられたということだ。
―――――――――――――
「ホウ...コノ私ニ攻撃ヲ通ストハ、
中々ヤルヨウダナ」
瓦礫をものともせずに立ち上がる邪龍に
俺は思わず舌打ちをした。
「流石にあれじゃ、倒されてくれないか...」
「アノ程度ノ拳デ我ヲ一撃デ倒セルト
思ッテイタノナラ、随分トオメデタイ考エダナ?」
「別に期待はしちゃいない、でも、
攻撃が通ったってだけでも儲けもんだ」
「ナラ、続キデモ始メヨウカ」
邪龍はその巨体には似合わない俊敏さで、
俺との距離を詰めてくる。
今俺の居る場所で戦闘すれば、ヘレンさんを
巻き込む可能性が高いので、俺も自分から
距離を詰めた。
腕による殴打、尻尾による凪ぎ払い、
そして着弾した瞬間に爆発する球型のブレス。
全ての攻撃をとにかく避け続けた。
俺が攻撃が当たってしまえば即死もありえる。
なので、向こうが攻撃を返せない絶妙な
タイミングで攻撃するしない。
「エエイ! チョコマカト」
気が立ったのか、邪龍は一段と強い力で
殴ろうとしてきたが、俺は近くの建物の屋根に
飛び移り、それを回避する。
そして、強い力を入れてしまったせいか、
一瞬、邪龍の動きが止まった。
丁度屋根の上に居るので、顔面への距離も近い。
やるなら、今だ。
俺は即座に判断すると、拳を握りしめ、
邪龍に向けて地を蹴った。
が。
――邪龍がこちらを見て笑った気がした。
「ッ!?」
一瞬、時が止まった気がした。
気付いたときには目の前に邪龍の腕があり、
その一撃で、俺は吹き飛ばされた。
建物の壁を突き破り、その建物内部の壁にぶつかって
勢いは止まったが、俺がぶつかった衝撃で、壁が崩れ、
俺は瓦礫に埋もれるような形になった。
「――あぐっ...ああ...!」
遅れて痛みが襲ってくるが、上手く声が出ない。
身体中が悲鳴を上げているのがわかる。
「アル君!!」
泣きそうな顔をしたヘレンさんがこちらに
やってきて、瓦礫を退けようとしていた。
どうやら俺が飛ばされたのはヘレンさんの
家だったようだ。
「ごめん...私のせいで...ごめん...。
やっぱり私は死んでいた方が――」
「それ...は、違...い、ます、よ。 ヘレ...ンさ、ん」
涙を流し、謝罪しながら瓦礫を退ける
彼女に俺が途切れ途切れに声をかけると、
彼女は泣いていた。
「違くなんかない! 私のせいだよ!
全部! ライ君が死んだのも! 今アル君が
そんな状態になってるのも! 王都が危険な
状態になってるのも!」
「今日、弟...さんに...会っ、て、きまし...た」
「え...?」
彼女の目が見開いた。
「会った...の、は偶然...でした...。
詳し...い、説、明、は...省き、ます、が、幽霊と
なった...ヘレンさん...の弟、は『気にしないで』...
と、言、って...ま、した」
「そんなこと言われても...私は...!」
「話ハモウ終ワリニシテ貰エルカ?」
顔を上げると、邪龍が俺達二人を見下ろして
いるのが見えた。
「マサカ我ノ一撃ヲ受ケテモナオ生キテ
イルトハ思ワナカッタ。
丁度良イ、二人仲良ク殺シテヤロウ」
そう言って邪龍は口を広げた。
その口には膨大なエネルギーが集まっている。
俺は瓦礫の中に埋まった手の近くに偶然
あったものを掴んだあと
「ヒール」
この前習得した回復魔法で傷を回復させた。
まだ全快ではないが、今はこれで十分だ。
俺は瓦礫を押しのけて、立ち上がった。
「ヘレンさん...多分気にしすぎだと思うんですよ」
「え?」
ヘレンさんがこちらを向く
「そもそも村に邪龍が襲撃してきたのは
運が悪かったとしか言い様がありませんし、
それに弟さんだって、ヘレンさんの命を助けて
感謝されることはあれ、謝られる筋合いはないです」
そのアルの言葉は、ライクがもしこの場に
いたらそう言うんだろうな、と思うような
言葉だった。
「貴方は一人で背負いすぎです」
『姉ちゃんは一人で背負いすぎなんだよ』
何故かアルの姿にライクの姿がぶれて見た
「それに、生き残ったんだったら皆の分まで
幸せに生きるのが一番の報いになります」
『それにさ、生き残ったなら皆の分まで
幸せになるってのが姉ちゃんの義務だぜ』
アルの言葉にライクの言葉が重なって見えた
「だけど、まだ辛い思いをしていて」
『一人じゃどうしようもないっつーんなら』
「僕が力になります」
『俺が力になってやる』
ヘレンは何も言えなかった。
理由もわからない涙がただただ溢れた。
「さて...」
アルは前を向き、邪龍を見据えた。
ブレスの充填はそろそろ完了するようで、
今にも放ちそうな雰囲気だった。
そして
「ガアァァァァァァァァァァァァ!!」
二人を見据えた邪龍は、叫びと共に巨大なブレスを放った。
その刹那、アルは、瓦礫の中で掴んでいた
″細長い″物干し竿を構え、
「逆転劇の始まりだ...″分裂銛突き″!!」
投擲した。
物干し竿は三本に分かれ、2本は両目。
そして残る1本はブレスに直撃した。
着弾すると爆発するということは、物に
当たった瞬間爆発するということ。
つまり、ブレスは邪龍の目の前で爆発した。
「グキュアァァァァァァァァァァァァア!!!!」
両目に刺さった物干し竿と、ブレスによる
爆発が邪龍を襲った。
アルはとっさに魔法障壁を
展開して自身とヘレンへ向かってくる
爆風と衝撃波を防ぐと、煙が晴れないうちに
魔法障壁を解き
「高速移動!!」
スキルを使って邪龍の元へと飛んだ。
アルは、邪龍の胸元の辺りに向かって
飛んでいた。
邪龍の自身の魔防の数倍もある魔力で構成され、
放たれたブレスは、目の前で爆発したことにより、
邪龍の胸元周辺の鱗は剥がれ、無防備な体表が
現れていた。
失明したらしい邪龍は、暴れているが、
アルはお構い無しにその無防備な胸元へと
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
本気の一撃をぶちこんだ。
「グギギャアァァァァァァァァアァァァァァァ!!!」
その一撃は、王都中に邪龍の悲鳴が響き渡る
結果となり、邪龍は地に伏した。
アルは地面に着地し、倒れた邪龍を見た。
邪龍の心臓は貫かれ、鱗からはパキパキと割れるような音が聞こえていた。
「なんとか倒せたみたいだな...」
「アルくん!」
ヘレンの声にアルは振り向いた。
「ああ、ヘレンさ――」
一瞬、アルは自分の身に何が起こったのか
わからなかった。
走り寄ってきたヘレンは――
――醜悪な笑みでアルをナイフで突き刺していた。




