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受付嬢の過去

冒険家ギルドの受付嬢、ヘレン・リーンは

昨日に引き続き、今日も休みを貰っていた。


名目上は体調が優れないからと伝えてあるが、

本当は体調については問題は無い。


だが精神状態が仕事に支障をきたしてしまう

くらいに荒れていた。


これでは営業スマイルなど出来るわけがない。

接客業を営む者として、それは致命的なこと

だった。


(一昨日聞かれたとき、正直に答えておけば

よかったかな...?)


そう思いながら、彼女は昔の事を思い出していた。









ヘレン・リーンはホノル村に生まれた村娘だった。


小さい頃は泣き虫で、親にめいっぱい甘えて

暮らしてきたが、彼女が三歳の頃、再び母が

妊娠したことを知った。


まだお腹の中の子が男の子なのか女の子なのかは

わからないが、自分がお姉ちゃんになると

自覚したとき、自分がしっかりして

お手本にならなければならないと決心した。


それからと言うもの、親の手伝いを進んで

やるようになった。

下の子が生まれたとき、胸を張って『お姉ちゃん』だと言えるようになるために。



そして、いよいよ出産の日が来た。


苦労の末に生まれたのは、元気な男の子だった。


その顔を見た瞬間に、『私がこの子を守るんだ』

そう思った。


それからというもの、彼女はより一層

家族の手伝いをするようになり、

ついには村の人の手伝いもするようになった。


ライクと名付けられた弟が生まれて

数年経つ頃には、彼女は小さいながら

善悪の区別をつけ、悪いことをした人は

例え年上であろうと注意した。


その姿には過去の泣き虫で甘えん坊だった

彼女の面影はなかった。


自分だってやりたいことはあった。

だけど自分はお姉ちゃんだから。


それに親や村の人...そして何よりライクから

『ありがとう』と言われたときは本当に

嬉しかった。


そのときは自然に顔が笑っていた。







そんな暮らしを続けて数年経ったある日、

親は畑仕事に、ライクは村の男の子達と遊んでくると言って外出していった。


ライクは数年前の可愛さはどこへやら、

今では子供らしからぬ口調になっていて、

前までは声をかけると『お姉ちゃん、どうしたの?』

だったのに、今では『姉ちゃん? どうしたんだ?』と

言うようになっていた。


『俺は超一流の騎士になるんだ!』と言って

チャンバラごっこなどもやっているようで

危ないからやめなさいと言ってもまるで

聞く耳を持たない。


「はぁ~っ、どうしたらいいのかな......。


よしっ! とりあえず今日ライ君帰ってきたら

もう一度言ってみよう!


ライ君を危険な目にあわせないためにも

頑張らなきゃ! 私が守ってあげないと!」


彼女がそんな決意をした次の瞬間、その問題の

弟が凄い勢いで扉を開けて帰ってきた。


「姉ちゃん!」


「ライ君、ちょっと話があるんだけ――」


「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!

逃げるぞ! 姉ちゃん!」


「え? えっ!?」


ライクは事情を飲み込めていない彼女の腕を

掴み、外へと連れ出した。


「一体何...が...」


玄関を出た瞬間に彼女が見た光景は、

村の入り口に一番近い家に向かって黒い龍が

ブレスを吐いているところだった。


「何...あれ...?」


「わかんねぇよ! とにかく逃げるぞ!」


村の入り口に向かえば確実に見つかるので、

二人は村の端に近い建物の横に隠れた。


ライクは村の柵を越えて村から出ることも

考えたが、柵はそれなりに高く、自分なら

越えることは出来るが、姉であるヘレンには

越えられないだろうと判断して、口には

出さなかった。


「...ちくしょう、どうすれば...」


じわじわと龍が村を壊滅させつつある状況で、

考える時間はあまり無いと思われたが、

龍は実にゆっくりと破壊を繰り返している。


「あいつ...まるで破壊することを

楽しんでるみたいだ...」


時間はかかるだろうが、龍は必ずここへ

到着する。


その前に何か対抗策を練ることが出来なければ、

その先には死しか待っていない。


だが、お互いにずっと考え続けたものの、

良い手は思い浮かばなかった。


だからヘレンは


「ライ君、逃げて」


「は?」


「そこの柵、ライ君なら越えられるでしょ?」


「おい!? 何言ってんだよ姉ちゃん!

それに前に俺が柵を越えたときは二度とやるなって

こっぴどく説教したじゃねぇか!」


「でも、私はライ君だけでも――」


「そんな事したら俺が何のために口調まで

かけて鍛えてきたのかわかんなくなるよ!


俺だって姉ちゃんの力に―――あぶねぇ!」


ドン とヘレンは両手でライクに押された。

鍛えていたらしいライクの力は意外に強く、

ヘレンは建物の裏まで転がってしまった。


「ライく...」


ヘレンが顔を上げたとき、そこに

ライクの姿はなく、そのかわりに龍の腕が

視界に入った。


腕の先は地面にめり込んでおり、まるで

何かを押し潰しているかのような―――


「あ...あ...ああ...」


「貴様ガ最後ノ一人ノヨウダナ。

危ウク殺シテシマウトコロダッタ。

コノ少年ニハ感謝セネバナ」


そう言って龍は腕をどけると、

ライクの死体があった場所を埋めた。


「コレデ安ラカナ眠リニツケルダロウ。

マァ、コノ状態ナラ幽霊ニモナレズニ成仏モ

出来ハシナイガ。


...サテ」


龍はヘレンの方を向いた。


すでに絶望に染まっていたヘレンに

恐怖なんてものはなかった。


「感謝シロ、貴様ヲ今殺スツモリハナイ。

ダガイツカ、貴様、モシクハ貴様ノ子孫ノ

前ニ再ビ我ハ現レルダロウ。

ソノ時マテ恐怖シテ生キルガヨイ」


そう言い残して、龍は飛び去って行った。


だが、彼女の耳には龍の言葉など聞こえていなかった。



守るべき存在に守られ、一人だけ生き残ってしまった

彼女が抱えた絶望は、想像以上に深いもので、


この日から彼女は笑うことが出来なくなった。








それから数日後、彼女は調査に来た

騎士に保護されたが、話すことすら

ままならなかった。


だが、只でさえ無様にも一人だけ

生き残ったというのに、またここで

迷惑をかけるのかと思ったとき、

彼女は立ち直ることに決めた。


とはいえ、そう簡単なことではなかったし、

無理に笑おうとしても作り笑いが上手くなるだけ

であった。


だが、その作り笑いがどうやら功をそうした

らしく、元気になったと判断されて、

事情聴取を受けた。


事情聴取が終わった後は、紆余曲折あったが

成長し、なんとか受付嬢という仕事に

就くことが出来た。


だが、仕事に使っているのも営業スマイル...

所詮は作り笑いで、偽りの笑みであることは

変わりなかった。


「...私、本当に笑える日なんて来るのかな...?」


ベッドの上で体育座りをして顔をうずめながら

そう呟く彼女の言葉に答える者がいた。


「安心スルガ良イ、ソノ悩ミモ今日デ終ワル」


「......え?」


次の瞬間、家の屋根が吹き飛ばされた。


「何故ナラ、私ガ殺シテヤルカラナァ!!」


忘れられるはずもない。


彼女の絶望の元凶がそこには居た。

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