帰還
翌朝、俺はゆっくりと布団から起き上がった。
「……もう朝か……」
昨日、何とか母さんから逃げ切ることに成功し、俺とヘレンさんは無事に部屋まで戻ることが出来た。
走って疲れたおかげかぐっすり眠れたけど、なんか釈然としないんだよなぁ……。
「おはようアル君、良く眠れた?」
ヘレンさんは先に起きていたらしく、俺に声をかけてきた。
「おはようございますヘレンさん。はい、ぐっすりでした」
「それは良かった」
そうやってヘレンさんと話していると、ルリとファルが眠い目を擦りながら上体を起こした。
「おはよ~。ふあぁ……」
「う―……。僕、まだ眠いなぁ……」
「おー。二人とも、おは……っ!?」
俺は二人の方へ視線を向けた瞬間に、すぐ目を逸らした。
「……? アル君、どうしたの?」
「何かあった……?」
いや。何かあったというか、現在進行形で発生していると言うか……。
俺が言うに言えない状況なのを察してか、ヘレンさんが溜め息をついてから代弁してくれた。
「浴衣、はだけてるわよ。二人とも」
「「ッ!?!」」
急いで浴衣を直そうとしている音が後ろから聞こえてくる。
やっぱり俺と女性たちで別々の部屋にしといた方が良かったんじゃないですかね。
「ふあぁ……おはようございます……。はれ? 皆さんどうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ?」
唯一事情を理解していないユリアが最後に起床し、首を傾げた。
朝食を終え、浴衣から着替え終わった俺たちは、旅館を出て馬車へと乗り込んだ。
行きとは逆に、俺の左右にルリとユリアが座り、前の方にファルとヘレンさんが座った。
なお、またしても俺に座席の選択権はなかった。泣きたい。
「んー! なんか色々と慌ただしかったけど楽しかったなー!」
ルリが笑顔でそう言ったが、俺には慌ただしかった記憶しかない。主に母さんとか、母さんとか。それと母さんとか。
しかも、元々は俺の疲れを取るためという名目でヘレンさんが温泉に連れて来てくれたはずなんだけどーー。
「そうね。また来たいかも」
「うん。でも今度は少しゆっくりしたいね」
「次はお兄ちゃんのお母さんにバレないようにしなきゃですね!!」
……まあ、全員楽しめたみたいだし、別にいっか。
それに、どこか疲れが取れたような気もするしな。何となくだけど、出発前よりかは体が軽く感じるし。
思い込みだとしても充分な効果だろう。流石温泉。
「ねえアル君。アル君は今回の温泉旅行はどうだった?」
ヘレンさんに聞かれた俺は、少し考える素振りをして、
「そうですね……俺も母さんさえ来なければ最高でしたね」
「な、何か意味深な含みを感じたんだけど……」
「気のせいです」
「そ、そう……。ならいいんだけど……」
ヘレンさんは苦笑いして、俺にそれ以上追求するのをやめた。
いや、楽しかったよ? 楽しかったけども、やっぱり母さんがなぁ……。
「……あれ?」
そう言えば母さん、追ってこないな。てっきり帰るタイミングすら合わせて追いかけてくるかと思ってたのに。
でも今は追ってきそうな気配もないし、帰り道は平和そうだな。やったぜ。
まあ、最初から追ってこないでくれれば一番嬉しかったけど。
「……あっ」
突然ユリアが何かを思い出したかのような表情をすると、俺の方を向いた。
「ねぇお兄ちゃん。結局ペドってどうなったのかな?」
そう言えばペドも来てたんだっけ。完全に忘れてた。
「……心配なのか?」
「ううん。全然心配してないよ? ただちょっと気になって」
鬼か。いや、アイツを安心する人の方が少ないか。
「……まあ、次会うときはロリコンが悪化してる可能性があるから、覚悟しておこうな」
「わかった! いつでも気絶させられるように準備しておくね!」
ユリアさん? ペドへの殺意が高すぎません?
と思ったが、口には出さずにしまっておき、少し早めにペドのご冥福をお祈りしたのだった。