被った誤解
「アル……まさか……」
「待てルリ。誤解だ。落ち着け。拳を握りしめながら近づくんじゃない」
「アル君。ちょっとお話ししない?」
「ヘレンさん。龍化するのはやめましょう?」
「道理で何をしても駄目だったんだね……」
「ファ……じゃなくてフィリアさん? 誤解だからね?」
これはまずい。このままだと俺は幼女趣向と下着泥棒の2つの不名誉な烙印を押されてしまう。
だけど、そもそも俺はユリアの下着はおろか、他人の荷物には一切触れていない。
ならどうしてユリアの下着が消えた? もしかしたらユリアがどこかにやった可能性もあるが、ユリアはきちんと整理整頓していたし、その可能性は低そうだ。
だとしたら、一体どうして下着が無くなった……?
「お、お兄ちゃん……。えっと、その……」
「な、なんだ?」
ユリアは視線をこっちに合わせたり外したりを繰り返し、恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「怒らないから、本当のこと、教えて……?」
「だから誤解なんだぁぁぁぁぁぁ!!」
「で、でも……お風呂に行く前はちゃんとあったし、私たちがお風呂に行ってる間にこの部屋に居たのって、お兄ちゃんしか……」
「まあそうなんだけどさ! でも俺はやって、な……い?」
……あれ? 何か今違和感があったぞ?
ユリアがお風呂に行った後、俺が一人部屋に居たのは事実だ。だが、そのあとに……。
『お客様に悟られることなくサービスを行うのが我々の役目ですので、まだ室内にお客様が居ると気づいた私は、|貴方(お客様)が温泉へ向かうのを待とうと思いました』
こう言っていた従業員さんに布団を敷いてもらったんだ。しかも、そのときは俺も風呂に入りに行ったから、従業員さんが何をしていたかは誰も見ていなかったということになる。つまり、下着を盗むことくらい容易に出来たはずだ。
俺がやっていないということは自分で良くわかっている。となると、あの従業員さんが盗んだ可能性が非常に高い。
……誤解を解くためにも、あの人を探して問い詰める必要がありそうだ。
「……お兄ちゃん?」
「悪い! ちょっと出てくる!」
「え!? お、お兄ちゃん!?」
あの従業員を探す事だけに思考が埋め尽くされた俺は、制止の声を聞かずに部屋の外へと飛び出した。
旅館中を周り、あの従業員さんを血眼になって探し回ったが、中々あの従業員さんを見つけることが出来なかった。
「クソッ! どこだ……!」
もしかしたら、もう旅館内に居ないのかもしれない。
諦めかけたそのとき、ふと人気のない廊下の角の奥にから「ふへへ……」というような不気味な声が聞こえた。
足音を立てないように近づき、廊下の角を覗いてみると――。
「――何やってんだお前」
「げへへへへ……へぁっ!?」
従業員の服を来たペドがしゃがみながら不気味に笑っており、その手には小さな下着を持っているのが見えた。
ペドは何事も無かったかのように立ち上がると、満面の笑みを見せ、
「お客様、どうかなされましたか?」
「その方向修正は無理があるだろ」
「何をおっしゃっているのか私にはわかりかねます」
「俺もその手が通じると思ってるお前のことがまったく理解できないんだが」
俺がそう言うとペドは溜め息をつき、下着を俺に見せ、
「実はこれ、落ちてましてね。落としたお客様にお届けしようと思っていたんですよ」
「視線を下着に固定しながら鼻血を出してる時点で説得力0だってことわかってる?」
「ふふ……確かに貴様に対しては通じないだろうな」
「急に本性出したなお前」
俺の返答をスルーしてペドはドヤ顔になり、
「だが! 現状ユリア様達に疑われているのは貴様の方のはずだ! つまり! 私が今ユリア様にこれを返却すれば、まるで貴様から下着を取り返したという構図が出来上がるというわけだ!!」
「作戦ガバガバすぎんだろ」
ユリアの下着をお前が持っていった時点で絶対疑われると思うんだが……。
あまりの酷さに呆れていると、廊下を走る足音が聞こえてきた。
「いた! お兄ちゃん!」
急に部屋を飛び出した俺を心配してくれたのか。はたまた逃げ出した犯人を捕まえるような気持ちで追いかけてきたのかはわからないが、ユリアがこちらに向かって走ってきていた。
「今の声はユリア様か……!? ぐっ……アル・ウェイン!! 貴様、小癪な手を……!」
「いやこれ偶然だし、小癪な手ってのは完全にブーメランだぞお前」
「ぐごあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ペドが発狂染みた叫び声をあげている間にユリアがこちらに到着したので、不思議そうな顔をしているユリアに向けて俺は説明した。
「ユリア、下着を盗んだ犯人を見つけたぞ。コイツだ」
「え?」
驚いたような表情をして振り向いたユリアの視線の先には、どこから取り出したのか、変な仮面で顔を隠したペドが居た。
「……おいペド、そんなんで正体を隠せると思ってるのか?」
「ペド……? 何を言っている。私は――」
ペドは下着を力強く握りしめ、そして恥ずかしげもなく口を開いた。
「――"変態パンツマスクパンツマン"だ!!」
「お前頭イカれてんじゃねぇの」
ただの馬鹿が、そこには居た。




