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知らない方が幸せな出来事

珍しく三人称です。

 アル達が出発する数日前、とある場所で目の前の人物に(ひざまず)いている3人の黒いローブ姿の者達が居た。


 その3人の前に立っているのは女性であり、来ている服は実に平凡なものであるのに対し、その容姿は他の女性とは比べ物にならないほどに綺麗なものであった。


「ご足労頂き、誠に恐縮です」


「別に構わないわ。……それで? とても重要な情報を掴んだって聞いたけど、一体どんな情報なのかしら?」


「只今お伝え致します。リム、報告書を」


「御意」


 3人の内、中央で跪いていた者が指示すると、リムと呼ばれた左で跪いていた者が懐から書類を出し、中央の者へ渡した。


 そして、中央の者はその書類を目の前の女性に向け、恭しく差し出した。


「こちらをご覧ください」


「わかったわ」


 女性は書類を受けとると、それを読み始めた。そして、僅か5秒ほどで読み終えると、書類を持った手を震わせ始めた。


「なんてことなの……? こんな、事が……」


 女性は口を大きく開け、そして叫んだ。


「アルが複数の女性と温泉に行くなんて事が認められるはずないでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 


 そう。この女性は、アルの母親であるルシカその人であり、その叫んでいる様を見ながら跪いているのは影の傀儡の構成員達であった。


「場所はマルーン街……。これは行くしかないわね……」


「そうおっしゃると思いまして。ハル、例のものを」


「了解っ」


 ハルと呼ばれた者が懐から2枚のチケットを取り出すと、それを中央の者へ手渡した。


「それは……?」


「この街から出るマルーン街行きの馬車の乗車券でございます。日付はアル様ご一行がマルーン街へ向かう日に合わせてあります。どうぞ、お納めください」


 ルシカは差し出された手から乗車券を受け取ると、ルシカはそれを大事そうに仕舞い、優しい表情を見せた。


「……マルス、リム、ハル。こちらにいらっしゃい」


「「「……? お、仰せのままに……」」」


 訳もわからず三人がルシカの元に近づくと、ルシカは三人の頭を順番に優しく撫でた。


「……ありがとう。よくやってくれたわ。また何かあったらお願いね?」


 ルシカはそう言うと、呆然として動けなくなっている3人に微笑み、その場から去った。


 ルシカが去った後も影の傀儡の三人はしばらく静止し続け、そして、ようやく何が起こったのか認識した三人は、撫でられたところに手で触れた。


「今……撫でられた、よな……?」


「そ、そうだな……。それに……」


「笑ってた……よね?」


 三人で顔を合わせ、そして……。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 奇跡体験だ! 神はここに居たんだ!!」


「この世界に我が生を受けたことに最大の感謝を……」


「やった!! 生きてて良かったー!! 私、今日は興奮して眠れないかもしれない!!」


 先程の堅苦しい雰囲気は何だったのかというほどに喜びの声をあげ、三人でしばらくの間はしゃぎ続けていた。


 そんなことも露知らず、ルシカは家に帰ると、夫であるジルに乗車券を見せた。


「これは……乗車券、か?」


「そう。マルーン街行きの乗車券よ」


「うーん……。日付が書いてあるけど、この日に行くんだよな?」


「そうよ? それがどうかしたの?」


 ジルは困ったような顔をしながら頭を掻き、


「いや、この日は仕事で――」


 言い終える前に、ジルの頬を何かが掠め、壁に突き刺さった。


「……落ち着こうかルシカ。何があったか知らないが包丁を投げるのは良くな――」


「まだもう一本あるわよ?」


「今すぐその日の休みをもらってきます」


 ジルは必死の形相で駆け出し、仕事場へと向かって行った。 


「ま、これで大丈夫でしょう。あとは当日にアルが泊まる宿屋さえ特定できれば……」


 そこまで考えて、ルシカはふと自分が必死になっていることに気がついた。


「ほんと、私って馬鹿みたいに息子(アル)のことが好きみたいね。影の傀儡隊長時代(あの頃)はこんな風になるなんて思ってもなかったわ」


 ルシカは昔の事を思い出しながら、しみじみとそう言い、


ジル(あなた)も昔は格好良くて、あなたとの子供だったからこそここまで息子(アル)を好きになったのに、あの頃の格好良さはどこに行っちゃったのかしら。元王国騎士団団長(ナンバー1)だったなんてこと、今の貴方を見て信じてくれる人なんて居ないわよ?」 


 クスクス笑いながらそう言うと、ルシカは両手で頬をパチンッと叩いた。


「さて! そろそろ切り替えないといけないわね。あの人が帰ってくるまでの間に夕飯の準備をしておかないと。そうね……たまには贅沢な料理でも食べさせてあげようかしら?」


 ルシカが鼻歌まじりに料理を作り始めた一方で、ジルは家に帰れば上機嫌な妻が贅沢な料理を用意して待っていることなど知らずに、死にもの狂いで仕事場へと走っていたのだった。

夫に対しての愛もちゃんとあるんです。



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