誘い2
地下の牢屋を後にした俺は、ユリアの元へ向かうことにした。
ペド曰く、ユリアは基本執務室に居るらしいので、俺は執務室まで足を運び、扉をノックした。
「はい。どうぞー!」
元気なユリアの声が聞こえたので扉を開けて部屋へと入ると、ユリアは驚いたような表情を見した。
「お兄ちゃん!?」
途端に嬉しそうな表情になったユリアは、作業を中断し、笑顔で俺の元に駆け寄ってきた。
「いらっしゃいお兄ちゃん! 今日はどうしたの?」
「今日はな、誘いに来たんだ」
「誘い?」
ユリアは首を傾げながらそう言った。
「ああ。実は温泉に行くことになったんだけど、どうせなら仕事で疲れてるユリアにもたまには休暇があったらいいんじゃないかなって思って、誘いに来たんだ」
「温泉!? 行きたい! ……だけど……」
「だけど……?」
「私には仕事があるし……休んでる暇なんて……」
ユリアがそう言って暗い表情になりかけたとき、一人の魔族が執務室に入ってきた。
「突然失礼いたします。お話の途中で申し訳ありませんが、次のお仕事の予定が入りましたので、お伝えに参上いたしました」
「うん。わかった。……ごめんねお兄ちゃん。そういうことだから私は辞退するね」
「……そっか」
……何も考えずに誘ったのは軽率だったかな。魔王ってことは魔族の一番偉い人だ。まだ子供とは言え、簡単に休暇は取れないか……。
「それで、次の仕事って?」
ユリアが楽しそうな気分を切り替えてそう聞くと、魔族は口を開いた。
「"休暇"を取ることでございます」
「……はへ?」
その言葉に、ユリアは唖然とした表情になった。というか俺も変な顔になってるかもしれない。
「ユリア様は魔王という偉大な地位に立っておられます。ですが、そんな方が疲労で倒れるようなことがあれば大変なことになってしまうでしょう」
「で、でも……」
狼狽えるユリアに、魔族はさらに続け、
「子供の身で慣れない仕事をして頂いているというのに、十分なお休みを取られていないのでは私共も心配でございます。たまにはゆっくり羽を伸ばして疲れをお取りになってください。例えば温泉などでしたら疲れが取れますので、オススメでございますよ?」
あ。この人絶対会話聞いてたな。いい性格してる。
だがユリアは未だに決めかねていたので、俺は魔族の人に加勢することにした。
「これだけ言ってくれてるんだし、たまには甘えてもいいんじゃないか? それに、意味があるのかはわからんが、さっきペドから許可を貰ってあるぞ?」
「……それは本当のことでございますか?」
突然魔族の人が真剣そうな表情になってそう言った。あれ? 俺、何か変なこと言ったか?
「え? あ、はい。確かにそう言ってましたよ」
「そうでございますか……。ペド様がおっしゃったのであれば益々心配がいらなくなりましたね」
え。なにそれ。どこからそんな安心が……?
「……ペドってユリアの世話係だろ? それなのにそんなに影響力のある奴なのか……?」
ボソリと呟いた言葉が聞かれていたようで、魔族の人がそれを答えてくれた。
「はい。正確には総合役職取締役兼英才教育係という名称の役職に就いておられていまして、影響力の凄まじいお方でございます」
「……ちなみに、どれくらい偉いんです?」
「魔王様の次に偉いです」
「嘘だろ!?」
滅茶苦茶偉い人じゃねぇかアイツ。
「ユリア様が小さいながら職務を行えるのもペド様の英才教育あってこそです。たまに変なスイッチが入りますが、それを抜けばあのお方は天才ですから」
馬鹿と天才はなんとやらってやつなのか……? とは言っても、ペドの天才な部分なんて片鱗すら見たことないんだが。
というか、そんな人物が牢屋にぶちこまれてるのかよ。ま、それだけ平和な証なんだろうけど。
「……というわけでユリア様、ペド様にも許可をして頂いたことですし、しばらくは我々に任せて、休暇をご満喫してきてください」
ユリアはその言葉に、嬉しそうでもあり、申し訳なさそうでもある表情でコクリと頷くと、俺の方を向いた。
「……そこまで言ってくれるなら、行こう……かな。お兄ちゃん、やっぱり着いていってもいい?」
「ああ。当たり前だろ?」
俺がそう答えると、ユリアは満面の笑みになり、
「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」
と、子供らしく喜んだのだった。