それから
ガル街編ラストです。
一時は街として最低限の機能しかしていなかったガル街も、今はほとんど元の姿に戻っていた。
テジル街領主はこの事が原因となり捕縛。ひとつの街を潰そうなど下手をすれば極刑にすらなりそうなことだが、『あのときはどうかしていた』と犯人が猛省していたことと、被害者であるガル街領主が頭を下げたことにより、罪はそれなりに軽くなった。数十年もすれば出所できるそうだ。
また、ガル街領主も責任を取って辞任し、次の世代に領主の座を明け渡した。
市民からは『レムル様は悪くない』という声が出ていたが、『原因は私にあったのだ』とレムルさんは譲らず、さらに一部のレムルさんを気に入らないと思っていた勢力がここぞとばかりに責め立てたことにより、辞任することになった。
レムルさんはそのことを『反対勢力に感謝したのは初めてだ』と言って笑っていた。
最終的に、また一からやり直したいとの事で、レムルさんは役人の一番下っぱに就いた。『忙しいが、とても充実している』と喜んでいるらしい。
リネアの両親はいつの間に地下に作られていた牢屋から発見され、十分に食物を与えられていたなかったらしく衰弱していたが、今では元気に生活している。
そしてレムルさんを乗っ取っていた魔族についてだが、彼の扱いについては悩んだ。
何せ、牢屋に入れれば見張りを支配して脱獄してしまう可能性がある。
お守りはそう簡単に量産出来るものではないらしく、さらにそのときはまだお守りを作ることの出来るリネアの両親がまだ衰弱していたので、見張り番全員分のお守りを用意するのは難しかった。
だからと言って全員で今ある分を使い回すというのも些か面倒だし、万が一壊れてしまったら危険なので、どうしたものかと思っていた。
こうなったら詳しそうな人に聞くしかない。と思った俺は、お守りを付けた人だけで厳重に監視しておいて欲しいと釘を刺しておき、急いで王都へと戻った。
そして共鳴転移石を使って魔族領に転移し、ペドを探し始めた。
案の定ペドは何かやらかしていたようで、縄をグルグルに巻かれてまるで芋虫ような状態で魔王城の廊下に転がっていた。
「お前何したんだよ」
「ユリア様が寝るときに抱いているぬいぐるみを抱き締めて、間接的にユリア様を抱きしめるという神聖な行為をしていた。実に幸せだったぞ」
その行為で不幸になる人の気持ちを考えろ。
「そんなことより聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「良いだろう。今の私は気分が良い。何でも答えてやろう」
その状態のまま階段から転げ落としてやろうかとも思ったが、ぐっと堪えて俺は質問した。
「確か魔族の中には"過激派"ってのが居たよな? その中に、人を支配するとか、洗脳する能力を持ってる奴は居るか?」
俺の質問を聞いたペドは、急に真剣な表情になり、
「居る。レオ・リーゲルという名前で過激派の幹部的な存在だったはずだ。ソイツがどうかしたか?」
「あー、やっぱり居るのか……。ちなみにソイツの外見とか特徴ってわかるか?」
そう聞くとペドはレオ・リーゲルという魔族の外見を詳しく話し始め、それはガル街を襲った魔族の名前と一致していた。
「やっぱり過激派の奴だったか……」
「……レオ・リーゲルが何かしたのか?」
「実はソイツが人間の街を襲ってさ。それについては何とかなったけど、牢屋にいれても見張りを支配されたら脱獄されそうだからどうしたものかなと思ってるんだ」
「そうか……。……すまない、この縄をほどいてくれないか?」
「え? あ、ああ……」
思えばずっとこの状態で話してたのか。毎回ペドは何かされてるからまったく違和感が無かった。
俺が縄をほどくとペドは立ち上がり、溜め息まじりにこう言った。
「私がなんとかしよう。今レオ・リーゲルはどこにいるかわかるか?」
「今はガル街ってところで捕縛してて、監視してる人たちには支配されないように細心の注意を払ってもらってる」
「ガル街か、了解した。では今からガル街に行って、レオ・リーゲルを引き取ってこよう」
「引き取って貰えるのはいいけど……お前が支配されたら元も子もないだろ?」
「それについては問題ない。レオ・リーゲルの支配は人間のみにしか作用しない故、魔族である私には通用しない。こちらで牢屋に入れてしっかり監視しておくから安心しておけ」
「な、なるほど……」
コイツほんと優秀なんだよな……ロリコンであるところを除けば。
「……よし、この働きでまたユリア様からの好感度が上がるだろうな」
「おい待て今何か聞こえたぞ」
「何のことだ? そんなことより行くぞ。早くレオ・リーゲルを捕まえなければ。」
「お前ほんと欲望の塊だな」
不純な動機ではあったが、ペドは見事な働きを見せ、レオ・リーゲルは無事に魔族領の刑務所に入れられた。
また、俺が魔族を連れてきたことにリネアとレムルさんは驚いていたが、意図を説明したら納得してくれた。
これでようやく、この街の一件は全部片付いたのだった。
「……もう、帰ってしまうんですね」
「いつまでも滞在してるわけにも行かないからな」
ようやく色々と片付き、やることが無くなった俺は王都に帰ることにした。
俺は今ガル街の入り口におり、リネアが見送りに来てくれていた。
「からかう人が居なくなるとちょっと寂しくなっちゃいますよね」
「その質問で俺に同意を求めないでくれ」
クスッとリネアは笑うと、ニッコリと微笑んだ。
「すみません。何を言っても邪険にしないで返事をしてくれたのが嬉しくて、つい癖になっちゃいました」
「俺のせいでSへの道が開いたの!?」
「心配しないでください。こんなことを言うのはアルさんくらいですから」
「それ安心できる要素ひとつもないよね? むしろ俺だけが安心できないよね?」
「あの……特別扱いしてるんですから感謝してくれませんか?」
「要求が理不尽すぎません!?」
「冗談ですよ」
「あ、うん……。わかってた……」
はぁ……。と、溜め息をつくと、リネアは落ち込まないでくださいと言い、
「それに、アルさんに感謝してるのは本当なんです。言葉に出来ないくらい、感謝しています」
「……そっか」
それだけ感謝しているのなら罵倒も少しは減らしてほしいと思うんだが……。まあ、ポジティブに考えれば素直に何でも言える相手になれたってことだろうし、それならいいか。
「あっ、そういえばひとつ忘れていました」
「何をだ?」
「報酬です。金銭は渡しましたけど、まだお守りを渡してないじゃないですか」
「あ……」
そうだ。思えば、俺がこの依頼で一番ほしかった報酬はお守りだった。
それを忘れてしまうとは……俺の記憶力は大丈夫なのだろうか。
「まったく、何を忘れているんですかアルさん」
「俺のせいなのか!?」
いや、確かに俺も忘れてたけどさ……。
リネアは溜め息をつくと、自分がつけているお守りを両手で外した。
「仕方がありません。私が今着けているものをあげます。ずっと私を守ってきてくれたお守りですから、大事にしてくださいね?」
「……いいのか?」
「はい。むしろ、私がこれをアルさんにもらってほしいんです」
「そういうことなら――」
言いながらリネアに近づいて受け取ろうとすると、リネアはお守りをバッと俺の手から遠ざけた。
「……あの、リネアさん?」
「私が着けてあげます」
「……え? 別に自分で着けられるが……」
「いいえ。ネクタイや首飾りを女の人に着けてもらうと男の人は喜ぶとお父さんが言っていたので、私に着けさせてください」
「何てこと教えてるんだよリネアのお父さん!!」
「ほら、とやかく言わずに私が着けやすい体勢をとってください」
「……わかったよ」
しぶしぶリネアの要求に従うと、リネアは満足したようにお守りを俺に着けた。
そしてリネアは満面の笑みを俺に見せると、
「好きです」
リネアの顔が目の前に来て、頬に柔らかい感触を感じた。
「………………」
一瞬何が起こったのかわからず硬直していると、リネアはクスリと笑いながら俺から離れた。
「……驚きました?」
頬を少し赤く染めながら聞いてくるリネアに、俺はキスされたであろう位置を片手で押さえながら後退りした。
「いや、これ、驚くとかそういう次元じゃ……」
「ん? 顔真っ赤ですよ? どうやら嫌じゃなかったみたいですね。良かったです」
「え、あ……」
俺が何も言えずにいると、リネアは俺の手を取って両手で包み、真剣な表情を俺に向けた。
「一人でも生活できるくらい大きくなったら。私は絶対王都に行きます。そのときアルさんに彼女さんが居ようが居まいが、私は絶対にアルさんを奪いますから、覚悟していてください」
「は、はい……」
「良い返事です。それでは、お気をつけて」
リネアは俺から手を放すと、街のほうへと歩いていった。
呆然とした俺が去っていくリネアを見ていると、リネアは人差し指を唇に当てて振り向き、
「今度は"唇"にしますからね」
と言って、小悪魔のような笑みを浮かべたのだった。
恐らくヒロインの中で一番攻めたのではなかろうか。