彼女の心情3
リネア視点ラスト
聞き間違いだと思いたかった。だが、はっきりと私はその言葉を聞いてしまった。
「無理です」
私は咄嗟に表情を誤魔化し、反射的にそう言った。
だが、領主様もさっきのアルさんの発言を聞いているはず。なら、もしこの機会を逃すようなことがあればーー。
ふと、捕まっている両親の表情が脳裏に浮かんだ。
「無理……ですが、この緊急事態ですし、上手い具合に話を進めれば……お話することも、出来るかもしれません……」
「……え? 領主に会えるのか?」
「絶対にという訳ではありませんが、やりようによっては……お会い出来るかもしれません。よければ私が交渉してみますが……」
「頼む。街を回るだけじゃわからないから、どうしても領主に話を聞きたいんだ」
「……わかり、ました……」
私は最低だ。領主様が両親に手を出さないように、私はアルさんを領主様に渡そうとしている。
会話が終わったあと、いつの間にか椅子に座って寝てしまっていたアルさんの寝顔を見ていると、より罪悪感が増した。
「ごめん……なさい……」
聞こえていないとわかっていながらも、私はアルさんに謝らずにはいられなかった。
翌朝、あまり寝付けなかった私は早起きして朝食を作っていた。昨日、私はあのあと気を紛らわすために夕飯を作ったのだが、アルさんはそれを残さず食べてくれていた。
私の料理はアルさんの口に合っていたのだろうか。
今のガル街では自分で料理しないとロクなものが食べられないので、頑張ってアルさんの口に合うものを作らないとーー。
と、ここまで考えて、私は料理する手を止めた。
何を馬鹿なことを考えているんだろうか。
アルさんの身を危険に晒そうとしているくせに、私は今"アルさんのために"料理を作っている。
本当にアルさんのためになる行動はこんなことじゃない。今の私は、ただ自分を誤魔化しているだけだ。
私はそのとき、初めて自分の行動に気持ち悪さと嫌悪を感じた。
そのせいで冷静さを欠いていたからだろうか。その日の朝食は調味料や分量を間違えてしまっていたらしい。
まともな料理すら作れなかった自分が情けなかった。
だが運命というのは残酷で、私がそのことを反省する暇もなく、まるで追い討ちをかけるように領主様からの返事が届いた。
『明日の昼頃に来てほしい』との内容が書かれていると知ったアルさんは、ちょっと困ったような顔をしながら外へ出ていった。
出掛けるときの言い訳が少し変だったので、もしかしたら何かあったときのために手を打っているのかもしれない。
だが、例えそうであったとしても、時間の経過と共にどんどんと罪悪感が積み重なっていくのに変わりはなかった。
私は領主邸に向かう出発の時間ギリギリまで悩み続け……そして、覚悟を決めた。
私はアルさんに、行かないで欲しいという旨を伝えることにした。
もしかしたら私のこの行動のせいで、お父さんとお母さんが何かされるかもしれない。でもあの二人は、私が恩人を犠牲にしたなんてことを知ったら、自分達が助かったとしてもきっと怒るはずだ。『恩を仇で返すとはどういうことだ』って。
だから私は、ありのままの本心をアルさんに伝えた。
罠があるかもしれない。危険すぎる。行ってほしくない。アルさんだけでも王都に帰ってほしい。
そこまで言って、恐らくアルさんは察しがついたと思う。私が、黒幕である領主様と何かしら繋がっているのだということを。
これでもしもアルさんに嫌われてしまっても、私はアルさんが無事ならそれで良かった。そう、思っていたのに……。
「悪い、リネア。そのお願いは聞けない」
アルさんは即座に私のお願いを断った。それはつまり、領主邸に向かうことを意味する。
そんなことになってはならないとなんとか説得しようとするものの、アルさんは"行く"の一点張り。
困った人だ。いくら罵倒しても嫌な顔せず依頼を受けてくれるし、初対面だった私に色々してくれたし、依頼を投げ出そうともしない。さらには、自分を騙していた私にたいして、『大丈夫だから信じてほしい』とまで言う始末。
……本当に、本当に……困った人だ。
思えば私は、無意識のうちに『誰も領主様をどうにかすることは出来ない』と思い込んで居た。
だからこそアルさんにも無理だと思っていたし、領主邸に向かってほしくないと思っていた。
でも、今のアルさんに不安の色は見えない。そればかりか、自信に溢れているように見える。
私はそんなアルさんを信じたいと思った。どんな手を使うのかはわからないけど、アルさんなら上手くやれる。何故かそんな気がした。だからこそーー。
「……アルさんの身に何かあったら許しませんからね。一生呪いますから」
「いきなり呪術士になるのやめてくれ」
私はアルさんを信じることにした。
その後の『大船に乗った気分でいてくれ』というアルさんの言葉通り、領主邸へと着いたアルさんは領主様の体に巣食っていた魔族を引っ張りだすことに成功して、見事依頼を達成してくれたのだった。