約束
「色々あったけどなんとか森を出られたな」
「モモガロスに出会っただけですよね?」
「一時はどうなることかと思ったけど、無事に出られて良かった」
「ですから、モモガロスに出会っただけですよね?」
リネアからの追及が続くが、俺は視線をそらして追及から逃れようと試みた。
リネアはそんな俺を見て観念したのか、諦めたような表情をして、
「……まあ、いいです。嫌いなものは人それぞれですからね。それより、野宿はここで取るんですか?」
どうやら追及することは諦めてくれたようで、ホッとしながらも俺はリネアの質問に答えた。
「いや。どうせ早めに森を抜けたことだし、もう少し先に進んでから野宿を取ろう」
リネアは俺の言葉に少しだけ考える素振りを見せると、
「それってアルさんがただあの森から遠ざかりたいだけでは……?」
「的確に俺の心理を突くのやめてね?」
とはいえ、リネアも森から離れて野宿を取るというのは賛成だそうなので、もう少し歩いたところで野宿を取ることにした。
ある程度野宿の準備が出来てようやく一段落つけるくらいになった頃、リネアは事前に俺が持ってきておいた干し肉を食べながら俺に話しかけてきた。
「アルさん。いよいよ明日は街に到着ですね」
「……そうだな」
ついに明日はガル街に到着することになり、本格的に依頼が開始する。
今回の依頼の規模は街全体という非常にスケールの大きい話だ。
街の人が狂っているというのはよくわからないが、リネアが口に出さないということはそれだけ街の人が不気味であったり、意味不明であったりすることをしているということかもしれない。
「……アルさん」
「ん? どうした?」
「……いえ。なんでもないです」
「……? そ、そうか……」
どこか悲しそうな。それでいて満足しているような複雑そうな表情をしていたリネアに、俺は何も聞くことが出来なかった。
しばらく空気の悪い状態が続いた後、リネアは立ち上がった。
「すみません。先に寝ますね」
「お、おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言ってリネアがテントの方に向かったのを見た、俺は視線を前方に戻した。
「……何て言おうとしてたんだ?」
あの表情だ。少なくとも良いことではないだろうし、いつものような罵倒台詞でもないだろう。
「……ま、深く考えすぎても意味はないし、そのうち教えてくれるのを待てばいいか」
早々とそう結論に付けると、俺は自分の分の干し肉を取り出し、かじりついた。
翌日、野宿の片付けを終えた俺たちはガル街へと足を進めた。
もう距離はあまり離れておらず、ガル街が遠目に見える位置にまで来ていた。
緊張感からか、お互いに無言で歩を進めていたのだが、あと5分ほど歩けば到着するといったところで、リネアが足を止めた。
「……リネア?」
「アルさん、街に入る前にこれを受け取ってください」
そう言ってリネアが取り出したのは、リネアが今着けているのと同じようなお守りだった。
「え? それって成功報酬じゃ――」
「あげるわけではありません。理由はわかりませんが、どうやらこのお守りを着けていれば狂わずに済むと思うんです。現に私の母と父も狂いませんでしたから。だから、依頼中はアルさんもこれを……」
「なるほど。そういうことなら貸してもら――」
言いながら俺が手を伸ばすと、リネアはヒョイとそれを避けた。
「でもひとつ、受けとる前にひとつ約束してください」
「約束?」
壊したら弁償とか、そういう感じか? と思っていたのだが、リネアは俺の方にお守りを差し出してこう言った。
「狂わないためにも絶対に常時着用してください。ちょっと外すなんてことをして、他の人みたいに私だけ残して変わってしまわないでください……」
「……そういうことか」
きっとまだ、街がおかしくなりはじめたばかりの頃に、リネアはリネアなりに頑張って阻止しようとしていたのだろう。
だが、結果的にその頑張りも虚しく、自分の家族以外は全員狂ってしまった。きっとそういうことなのだろう。
「わかった。絶対に外さないって約束する」
俺はそう言って今度こそお守りを受け取った。
「約束。ですからね」
「わかってるって。なんなら今から着けておくよ」
俺はリネアと同じように首からお守りを下げると、それをリネアに見せつけた。
「これでいいだろ?」
「はい。そのまま、外さないでくださいね」
「了解。それじゃ、行くか」
リネアが頷いたのを確認して、俺はガル街の方へと歩き始めた。
ガル街は、もう目の前にある。
2巻の表紙が公開されました。
興味があればモンスター文庫の公式サイト、もしくは作者Twitterにてご確認ください。
なお発売日は8月29日です。




