お約束
「お客さん、着いたよ」
「わかりました」
小屋で一夜を過ごしたあと、相変わらずリネアに罵倒されながらも馬車で目的地へと進み、ようやくこの馬車の終点であるテジル街へと到着した。
テジル街はガル街の隣街であり、ここから50kmほど離れたところにガル街がある。
「お世話になりました。これ、お代です」
「まいどあり。今後ともご贔屓にな、お客さん」
操縦者の方にお礼を言って代金を支払い終えると、リネアが俺の袖をくいっと引っ張った。
「アルさん。ここからは歩きなんですよね?」
「そうだな。本来ならガル街への馬車が出てるはずなんだが……」
俺はそう言って溜め息をついた。
なんでもガル街とテジル街の間には元々馬車が通じていたそうなのだが、お互いの街の領主が変わって少し経った頃に、2つの街の間の馬車が廃線になったらしい。
聞いた話によると、今のガル街とテジル街の領主は大層仲が悪く、それが原因だといわれているようだ。
「仲が悪いくらいで廃線にしないで欲しいものですね。子供の喧嘩じゃないんですから」
「相変わらずリネアは辛辣だな……」
「領民同士は不仲ではないのに、上の都合で廃線されているんです。少しくらいの文句は言いたくなります」
「確かにそうだけど……領主の悪口とか言っても大丈夫なのか?」
「ご心配なく。街では言いませんよ」
「いや、そういう問題なのか……?」
どこで言っても駄目だろ……。
「はい。むしろここだから言えるんです。ガル街の中だったら言えません。アルさんも気をつけてください」
「お、おう……」
気を付ける……? いや、別に悪口を言うつもりはないけど……もしやガル街では領主の悪口を言ったら重い罰でも下るのだろうか? いや、それは流石に無いよな……。そんな事したら領主の位を失うだろうし……。
まあ何にせよ、廃線については俺たちにどうこう出来る問題ではないし、ここは歩くしかない。
「まだお昼だし、地図を見る限り今から頑張って歩けば森を抜けた頃に日が落ちると思う。そこで野宿するってことでいいか?」
「大丈夫です。それでお願いします」
「よし、そうと決まれば行くか」
俺とリネアはガル街に向かって歩き始め、着実に歩を進めていった。
会話を挟みながら歩き続け、やがて森へと入ったが、構わず進んでいた。
この森を抜けた先が今日の野宿地だ。森は安心しないし、早く抜け――。
「…………森?」
「……アルさん?」
そう。ここは森。森と言えば魔物。魔物と言ったら……。
「……リネアサン。ヒトツ聞キタイコトガ」
「まともに喋ってください。どうしたんですか?」
ガタガタと震えながらも、俺はリネアに質問した。
「コノ森ハ……オークノ生息地デスカ?」
「そういうことですか……。違います。だから安心してください」
「本当ニ?」
「本当ですのでその不快な話し方を早くやめてください」
「そっか……。よかった……」
俺は胸に手を当てて安堵した。
良かった……。本当に良かった。この森がオークの生息地なんて言われたらまともに歩けないところだった……。
……あれ? でも気になることがあるな。
「なあリネア。オークって大体の森に居ると思うんだが、どうしてこの森には居ないんだ? 何か理由があるのか?」
「天敵です」
「……天敵?」
「はい。オークには天敵が居るんですが、この森にもその天敵が生息しているんです。ですからオークはこの森に近づかないんです」
天敵……だと……? そんなの、俺にとって最高の味方じゃないか……。
恐らく魔物だろうから言語は通じないだろうし、出会ったらすぐに襲われるとは思うが、せめてその天敵さんに一言礼を言いたいくらいだ。
「……随分と嬉しそうですね、アルさん……」
「ああ。だってオークは俺にとっても天敵だからな。なあリネア、その天敵の名前って――」
そのとき、俺の言葉を遮るようにパキッと枝を踏んだときの音がした。
「良かったですね。丁度、その天敵さんがこちらにやってきましたよ」
「本当か!?」
「ええ、あそこを見てください」
リネアが指差した先には、何やら見覚えのある毛むくじゃらで、大きな目玉のある、熊のような図体をした魔物が――。
「あれがオークの天敵、モモガロスです」
モモガロス。過去、俺が性的に襲われそうになった魔物だ。
なるほど、どちらにしろ俺の天敵だったわけだ。
さようなら俺の希望。そしてこんにちは俺の絶望。
「――なんて下らないこと考えてる場合かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
俺はリネアを抱えると、そのまま駆け出した。
「ア、アルさん!? ど、どうしたんですか……?」
「リネア……。実はあれも、俺の天敵なんだぜ……?」
リネアを抱えていない方の手でサムズアップをして、前歯を輝かせながらそう言うと、
「格好つけてるくせに台詞が最高に格好悪いですね」
「それは言わないでくれ。こうでもしないと今にも恐怖で気絶しそうなんだ」
「アルさんの過去に何があったんですか……」
リネアに呆れられながらも、俺はモモガロスが見えなくなるまで走り続けた。
これが幸となったのか、予定よりも早く森を抜けることが出来たのだった。




