出発
「……どなたですか?」
「えっ?」
馬車の出発所に戻ってきた俺がリネアに話しかけたところ、またもや冷たい反応が返ってきた。
「いや……俺だけど……」
「貴方のような人は知りません」
「いや、知らないって言われても……」
リネアがまた冗談を言っているのかと思ったが、見た感じ本気で警戒されているみたいだ。
でも、俺の事をそんな短時間で忘れるわけないだろうし、劇的に俺の見た目が変わったわけでも――。
「…………あっ」
思えば、急いでいた俺は、ローブを着用したままここに来ていた。
確かこのローブには認識阻害の魔術が組み込まれていたはずだ。
それならリネアが俺だとわからないのも無理はない。
黒ローブを着た知らない人に話しかけられたら、そりゃ警戒するよな。
そう考えて俺はローブを脱ぎ、再びリネアに話しかけた。
「すまん。これならわかるか?」
俺がローブを脱いだことによりリネアの警戒は目に見えて解けたが、そのかわりにジロリと睨まれた。
「……そんなに怪しい服を着て何してきたんですか?」
「え? いや、ちょっと野暮用を……」
「なるほど、人に言えないような事ということですね」
「その言い方やめて」
確かに王女様と交流があるなんてあまり大っぴらに言えることではないし、否定は出来ないけど、その言い方は誤解しか生まない。
「でも否定はしないんですね」
「それには複雑な事情があってだな……。あまり聞かないでくれると助かる」
「別に良いです。私は貴方が犯罪に手を染めるほどの度胸がないということだけについては大幅の信頼を寄せていますから」
「素直に喜べねぇなそれ!?」
ま、まぁ……信じてくれないよりかはマシか……。
「ところでそれ、持っていくんですか?」
そう言って、リネアは俺が脱いだローブを指差した。
「ん? ああ、ガル街でも少しだけ使うからな。持っていくよ」
「何に使うんですか? まさか、やましいことでも……」
「すぐそういう方向に繋げるのやめてくれ」
犯罪に手を染めないということに関しては信頼してくれているという言葉はどこに行ったのか。
「ところで、そろそろ馬車が出発しそうですけど、早く行った方が良いんじゃないですか?」
「え?」
見ると、馬車を待っていた人たちはほとんど馬車に乗車しており、残るは俺たちくらいになっていた。
「あの、リネアさん? もしかして他の人が乗車し始めたときから気付いてました?」
「はい。気付いてましたよ?」
「それなら早く言って欲しかったんだが……」
俺が言うと、リネアは急に申し訳なさそうな表情になり、
「すみません。実はですね、アルさんが帰ってくるくらいの頃に他の皆さんが乗車し始めたので、アルさんが帰ってきたらすぐにそれを伝えるつもりだったのですが、黒いローブを着た怪しい男性に話しかけられたことに驚いて、その事が頭から抜けてしまって……」
「ごめん俺が全部悪かった本当にごめん」
ちくしょう全部俺のせいじゃねぇか。
「別にいいですよ。まだ間に合いますし」
さっきまでの申し訳なさそうな表情が嘘のようにケロっとした様子になったリネアは、馬車の方へと歩き出した。
俺がその変わり様に呆然としていると、リネアがこちらに振り向いた。
「どうかしましたか? 早く行かないと出発してしまいますよ?」
「お、おう……」
正気に戻った俺は、慌ててリネアのあとを追いかけた。
俺たちが乗車して間もなく馬車は出発し、俺たちは王都からガル街への道を進み始めた。




