裏工作
翌日、俺は宿屋の前までリネアを迎えに来た。
リネアは宿屋の入り口付近に立っており、すぐに見つけることが出来た。
「おはようリネア。疲れは取れたか?」
「おはようございます。疲れならすっかり取れました」
「なら良かった」
正直、声をかけた瞬間に罵倒されるかもしれないと思っていたが、そうならなくてよかった。
「ところで、馬車はどこから出ているんですか?」
「馬車ならここから歩いて10分くらいのとこから出るんだ。まだ時間的に余裕は十分にあるし、ゆっくり行こう」
「わかりました」
……マジで何も言ってこないな……。もしかして、昨日俺があんなに罵倒されたのはリネアが疲れでストレスが溜まっていたからだろうか。
そうだよな。こんな大人しそうな見た目だし、普段から罵倒するような子じゃないんだろう。
「……変な顔をしながらこちらをじろじろ見ないでください。近くに衛兵さんが居ますし、今すぐにでも差し出してあげましょうか?」
「やめてくださいお願いします」
前言撤回、普段から罵倒するお方だったようです。
この様子だと馬車の中でも罵倒されそうだな…………あれ?
「……そういや、リネアはガル街からここまで歩いて来たのか?」
「そうですが……それが何か?」
「いや、だってガル街からも馬車は出てるはずだろ? なのにどうしてわざわざ歩いてここまで……」
「――無くなったんです」
「え?」
「無くなったんです。ガル街から出る馬車の便が全て、綺麗さっぱり」
「馬車の便が消えた……?」
そんな事がありえるのか? もしかして、依頼内容にあった、街がおかしいっていうのと何か関係しているのだろうか。
「はい。しかも、馬車を使ってガル街の外へ行く人は多かったので、馬車が無くなれば批判が出ると思いました。でも、誰一人文句を言う人は居ませんでした。それどころか、街から出ていくなんてとんでもないんだから、馬車なんて無くて良いと言う人まで……」
「なんだそりゃ……明らかにおかしいだろ……」
まるで一種の洗脳かと思うほど意識が塗り替えられてるっぽいな。どうやら思った以上に大事なことになっているらしい。
これは、俺一人ではかなり苦戦しそうだな。
「よし、ちょっと急ごう」
「え? ……ですが、急いだところで馬車の出発時間は変わりませんよね?」
「あ、いや。実は用事があったことを思い出してさ。リネアを馬車の出発所まで案内したあと、その用事を済ませてきたいんだ。幸い、まだ出発までには余裕があるからさ」
リネアは俺の言葉を聞いて、冷ややかな視線をこちらに向けた。
「見た目通り抜けてますね。しっかりしてください」
「その罵倒、俺のメンタルが弱かったら泣いてるからな?」
「知りませんよ。ほら、時間がないんですよね? 早く行きましょう」
「おう。悪いな、俺の都合に合わせてもらって」
「悪いと思うのなら早くしてください。アルさんの用事が終わらなくて馬車が行ってしまったら洒落になりませんから」
「助かる」
俺はリネアに感謝しつつ、急ぎめに馬車の出発所までリネアを案内した。
リネアに一言お礼を告げた後、俺はすぐに自宅へと直行した。
棚から紙とペンを取り出し、出来るだけ簡潔に手紙を書くと、俺は村長から貰ったローブを着用して家を出た。
向かう先は王宮。すこしばかりファルに伝えたいことがあったのだが、今から話をしたいとかけあっても時間が足りないので、門番にファルへ手紙を渡してほしいと頼みこんだ。
一応受け取ってはもらえたが、門番からしたら不審な人物からいきなり姫様に手紙を渡してほしいと言われている状況なので、ファルのところまで手紙が行くかはわからない。でも、何もしないより全然マシだ。
「なんとか届いてくれるといいんだが……」
祈るような気持ちで一言呟き、俺は再び馬車の出発所へと戻った。




