勘違い
「だから、誘拐じゃなくて、君が気絶してたからここまで運んできたんだ」
「私が気絶してたのをいいことに誘拐……ですか?」
「だから誘拐じゃないんだって……」
どうにか誤解を解こうとして頑張って説明しているのだが、どうも俺の疑いが晴れないらしい。
まあ……本来あの時間帯に出歩く人なんてそんなに居ないし、本人からしたら信じるのが難しいのも頷けるけど……。
「とにかく、俺は君が心配だからここで寝かせていただけで、他意は無いよ。体調も良さそうだし、誘拐されているか不安なら今すぐ帰ってもらっても構わないよ。玄関はこの部屋を出て左な」
「そうします」
彼女は立ち上がると、そのまま部屋の外に向かって歩き出した。
そのとき、空腹を伝えるかのように彼女のお腹から音が鳴った。
「……えっと、何か食べるか……?」
ピタリと止まった彼女にそう言うと、彼女は前を向いたまま首を横に振った。
「いいえ。見知らぬ貴方にこれ以上の借りを作る訳にはいきません」
「借り……?」
え? 誘拐されたって勘違いしてたんじゃないの?
「疲れて倒れてしまったところを助けてくれただけでもありがたかったです。ありがとうございました」
そう言って、彼女は玄関の方へと走っていった。
「……最初から誤解なんてしてなかったのか……?」
ってことは何? もしかして俺、ただからかわれただけ?
いや、まあ誤解されるよりも何倍もマシなんだけど……。
「……いや、今はそれどころじゃないか」
俺は彼女が寝たあとの汚れた布団に視線を向けた。
やっぱり、あの汚れた服のまま寝かせたらこうなるよな……。この布団、どうにかしないと……。
と言ってもこの部屋に置いたままじゃどうにもできないし、とりあえずこの布団を運んで――。
そう思って布団を持ち上げたとき、玄関を叩く音が聞こえた。
朝早くに誰だ? さっきの子が戻ってきた可能性もあるけど……。
俺は持ち上げた布団を元の位置に降ろすと、玄関へと足を運んだ。
「どちら様………………ルリ?」
「こんにちは、アル」
玄関の先には笑顔のルリが居た……のだが、どこかルリの様子がおかしい。
笑ってるけど笑ってないような……なんだこれ? 本能的な恐怖を感じるんだが……。
「ど、どうした? 何かあったのか?」
「ん? 別に何でもないよ? ただちょっと用があって。でも、その前にひとつ聞いても良いかな?」
「あ、ああ……。いいぞ?」
ルリに黒い笑みで言われた俺は、内心ビクビクしながらその頼みを承諾した。
「えっと……さっき僕がアルの家に向かってるときに、可愛い女の子がこの家から出てきたのが見えたんだけど、誰なのかなぁって」
「え……?」
もしかして、ルリは俺があの子を誘拐したと勘違いしてるのか……?
いや、そうでなくても朝早くに見知らぬ女の子が知り合いの男の家から出てきたら勘違いしてもおかしくはない。
「も、もしかして……そういうことだったりするのかな……?」
誘拐したと思われた!?
知り合いから犯罪者が出たと思い込んだことによる悲しさからか、涙目になったルリを見て、俺は慌てて弁明した。
「いや! 実は昨日の夜に眠れなくて散歩してたら偶然あの子が倒れるところを見て、ウチで介抱してただけだ! それ以上は何も! 誘拐とか、そういうやましいことはないから!!」
「…………え? 誘拐?」
きょとんとした顔になったルリを見て、俺は首をかしげた。
「いや、ルリは俺があの子を誘拐したって勘違いしてるんじゃないのか……?」
「そんな勘違いはしないよ!? アルがそんなことしないってわかるもん!」
「そ、そうなのか……? なら、何を勘違いして――」
「と、とにかく僕の聞きたいことは聞けたから満足だよ! じゃあ本題に入ってもいいかな!? いいよね!?」
「お、おう……」
かなり強引にゴリ押しされたような気しかしないが、いつものルリに戻ったし、別にいいか。
「で、本題って何だ? 何かあったのか?」
「いや。別に何かあったってわけじゃないんだけど、依頼の関係でしばらく王都を離れるから、それを伝えておこうと思って」
「……こんな朝早くに言わなくても良くないか……?」
「……朝? もうお昼近くだよ?」
…………え? もうお昼? 嘘だろ?
「いや、だって俺さっき起きたばっかだぞ……?」
「それって多分、疲れが溜まってて長く寝ちゃったんじゃないかな? ……最近、なんか元気無かったし」
「……気付いてたか」
「うん。だから、あんまり無理しないでね?」
「……ああ」
ファルにも前に同じことを言われたし、ちょっとは気を付けなきゃな……。
ルリはこのあと俺と少し雑談をしたあと、そろそろ依頼の時間だと言って去っていった。




