隠し事
翌日の朝、俺は玄関で見送りにきた母さんと向き合った。
「もう帰っちゃうの?」
「ああ。基本はわかったからあとは自分で頑張ってみるよ」
「何も言わずに帰ったらまだ寝てる父さんが悲しむわよ? せめて父さんが起きるまでは居たら?」
「寝てるっていうか……」
俺は母さんの隣に倒れている父さんに視線を向け、
「これ母さんが気絶させたんだよね?」
「何のことかしら?」
笑顔で嘘つきやがったぞこの母親。
まさか俺を帰さないためだけの理由作りに気絶させたとか言わないよな……?
「ともかく、父さんには起きたときに伝えておいてくれれば大丈夫だから」
「ちっ……」
おい今舌打ち聞こえたぞ。
「……わかったわ。父さんには私から伝えておくからお行きなさい」
観念したのか、母さんにしては珍しくすぐに引いてくれたので、俺はそのまま玄関の戸に手をかけた。
「じゃ、また来るから。いってきます」
「いってらっしゃい」
手を振って見送ってくれる母さんを見て、俺は一度だけ手を振り返すと、前を向いて歩きだした。
少し進んだところでもう一度振り返ってみたが、そのときにはすでに母さんの姿は無かった。
……やっぱり、変だな……。
母さんがベタベタしてきたとき、いつもは俺がやめろと言っても中々やめてくれないのに、今回はすぐに引いてくれた。見送りも街の出口まで来る勢いだったのに今回は家の前で終わり。
夕飯のときも無理して笑顔を作っているように見えた。いつもの母さんならあんなあからさまな笑みは浮かべないはずだ。
それに、『そりゃもちろん愛する息子との会話ですもの。アルも結婚して子供が出来ればわかるわ』なんて発言、聞いたときはとても驚いた。
手紙でルリとヘレンに手を出すなと忠告するくらいの親バカな母さんが、俺が結婚した仮定の話なんてするか?
いつもの母さんなら、『子供が出来たらアルにも……ハッ!? アルが誰かと結婚するなんて許しませんからね!?』くらいの勢いで否定するはずだ。
考えすぎかもしれない。もしかしたら母さんが少しは大人しくなってくれた可能性もある。
だけど、俺はセロさんから聞いた言葉がずっと頭の中で引っ掛かっていた。
『――今のうちに、覚悟を決めておいた方が賢明だ』
何もないのにあの人がそんなことを言うとは思えない。
多分母さんは……何か隠してる。それも、俺にとってとても辛いことを。
「覚悟…………か」
今のうちに、何があっても動じないようにはしておかなくちゃな。
俺はそう決意すると、前を向いて王都目指して歩き始めた。
時は遡り、アルたちが合成魔獣を倒した日の二日後の朝のこと。
アルの故郷に遠征しに行っていた騎士団が前日の深夜に王都へと戻ってきたということで、王は騎士団の隊長を呼び出した。
「随分と早い戻りじゃな。して、収穫はどうであった?」
ウキウキとした様子で質問した王とは反対に、呼び出された隊長の顔色は優れなかった。
「それが……。申し訳ございません、情報はひとつも得られませんでした」
「……何かあったんじゃな?」
王の言葉に隊長はこくりと頷き、
「王様のおっしゃられた通り、シルス村の村長が嘘を言って誤魔化さないかを警戒して、嘘を感じ取れる神官を二人選抜して連れて行きました」
「ほう……それで?」
「ですが、二人とも村に近づくにつれ気分が優れなくなり、村についたときには意識を失われてしまいました。ですから、これはいけないと思って王都へと戻ってきた次第でございます」
「……なんじゃと?」
驚いたようにする王を前に、隊長はさらに続けた。
「そして先程、神官が目覚めたというので、ここに来る前に神官の元を訪ねて何があったのかを聞いてみました。すると、『凄まじい邪気を感じた』『思い出すだけでも悪寒がする気配だった』など、とにかく恐ろしいものを感じた。とのことでした」
「……どういうことじゃ?」
「私にはわかりません。ですが、神官は口を揃えてこう申しておりました。『あの村には、何か恐ろしいものが棲み憑いている』……と」