不在の期間
リビングに入ってしばらくゆっくりしていると、台所から美味しそうな匂いがしてきた。
そろそろ夕飯が食べられそうだ。
「いや~美味そうな匂いだな~。もうご飯の時間か」
ご飯の匂いに釣られたのか、父さんがリビングに入ってきた。
「……気絶してなかったっけ?」
「飯の時間になれば起きるものなんだぞ? 知らないのか?」
そんなの知らないし知りたくもない。
父さんはそのまま満足げに俺の隣に座ると、今日の夕飯はきっとアレだな~などと呟いていた。
俺は父さんの呟きを聞きながら待っていると、母さんが料理を持ってリビングに入ってきた。
「アル。今日は貴方の大、好き……な……」
母さんがリビングに入ってきた瞬間、母さんの動きが止まった。
「……ルシカ? どうしたんだ?」
父さんが心配そうに聞くと、母さんはゆっくりとテーブルに料理を置き――次の瞬間父さんの顔面に重い拳をぶちこんだ。
「ぶるぁっ!?」
父さんは椅子ごと後ろに倒れてそのまま意識を失い、それを見下ろしながら母さんは言った。
「アルの隣に座るのは私よ」
そんな理由で夫を殴り飛ばすのか母よ。
母さんは慣れた手つきで父さんをゴミのように投げ捨てると、俺の隣に座った。
「さぁ、アル。食べましょ?」
「…………………………………………ハイ」
逆らったら、負けだ。本能的にそう感じた。
夕飯を食べ始めると、母さんは最近はどうかなど、俺の生活や周囲の状況について聞いてきて、俺が答えるたびにニコリと笑みを浮かべていた。
「……なんか、凄い楽しそうだな。母さん」
「そりゃもちろん愛する息子との会話ですもの。アルも結婚して子供が出来ればわかるわ」
「…………子供ができてもそこまで溺愛するのは母さんくらいだと思うよ」
「あら、そうかしら?」
そう言って母さんはクスリと笑った後、急に真剣な表情になった。
「ところで、辛いことを思い出させたら悪いんだけどイルビアのことで話があるの」
「イルビアのこと……?」
「ええ。私が思うに、あの子はまだ悪に染まりきってないわ」
……悪に染まりきっていない……? 確かに、イルビアの行動には不明な部分が多いし、可能性としては有り得ない話だけど……。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「私、イルビアに捕まって成り代わられていた時期があったわよね?」
「ああ。母さんの真似をして手紙を書いてたからまったく気がつかなかっ――」
「いいえ、あの子は手紙を書いていないわ」
「……え?」
いや、だったらイルビアが母さんと入れ替わっていたときに届いていた手紙は誰が……?
「あれは全部私が書いたの」
「母さんが!?」
どういうことだ? もしかして、母さんが書き置きしていた手紙をイルビアが使ったとか……?
「私が捕まって閉じ込められているときにあの子がね、『私と入れ替わっていることがバレないような内容にするなら、お兄ちゃんに手紙を送っても良いよ』って」
「……それ、イルビアに何のメリットがあるんだ……? そもそも、母さんとイルビアはいつから入れ替わってたんだよ……?」
「アルが王都に来る少し前……かしら。そのくらいのときに捕まったわ」
俺が王都に来る前から入れ替わっていた……? だったら……。
「……それなら、母さんはアンティスブルグの事はどうやって知ったんだよ? 閉じ込められていたなら知ることなんて――」
「それもあの子が調べてくれたわ。私はそれを自分で調べたかのように手紙で脚色して貴方に伝えたの。まあ、実際に私でも調べられたとは思うけど」
……ってことは……。イルビアは……敵じゃない?
「……どうなってるんだ……?」
「私もわからないわ……。ただ、気になることを言っていたの」
「気になること……?」
「『私は無駄なことはしない』……って言ってたわ。聞いたときは何も思わなかったけど、あの子の最近の不可解な行動を見ると謎の多い言葉だと思わない?」
「そうだな…………。ん? なんで母さんがイルビアの行動を知ってるんだ?」
「影の傀儡が居るもの。情報収集には困らないわ」
そう言えば母さん……その影の傀儡の隊長だったっけ……。
「……もしかして、さっき会ったセロさんたちって、それを報告に……?」
「……ええ」
「そっか……なるほどね。大体わかったよ」
「そう? わかったならこの話はおしまい。辛気臭い話はこれくらいにして楽しい会話に戻りましょ?」
母さんは満面の笑みに戻ると、料理を口に運び始めた。
それにつられて俺も食事を再開したのだが、それからはあまり喉に食事が通らなかった。




