懐かしのホノル村
翌日、俺はヘレンさんとの待ち合わせ場所である門へと向かっていた。
昨日はペドが最後まで騒いでいたせいでまったくもってゆっくり出来なかったが、ペドが最後に『ユリア様が会いたがっていたからたまには遊びにでも来るといい』と言っていたので、時間があるときにでも魔族領に行こうかと思う。
さて、そろそろ門に着くころだ。約束をすると、いつも俺が後に到着するので、今日は待ち合わせ時間の一時間前に到着するようにした。
俺は男なんだし、毎回毎回女の人が先に待ち合わせ場所に居るなんてこと、プライドが――
「あら、おはようアル君、早いのね」
俺がプライドを持つことなど許されないらしい。
すでにヘレンさんは到着していたようで、こちらに駆け寄ってきた。
ヘレンさんは、いつもの受付嬢としての格好とは違い、少しラフな服装だった。
「おはようございますヘレンさん。ヘレンさんも随分早いですね。まだ一時間前ですよ?」
「へっ!?」
ヘレンさんは俺の言葉にビクッと反応すると、頬を染めながらそっぽを向き、その頬を人差し指で掻きながら。
「それは……えっと……その……」
……あれ? ヘレンさん、かなり言いずらそうにしてるけど、もしかして、これ聞いちゃいけないやつだったか? それだったら……
「すみません。野暮なこと聞いちゃいましたね。で、今日はホノル村に何をしに行くんですか?」
俺が話題を変えると、ヘレンさんは安心と残念さが入り混じったような表情になったが、すぐに元の表情に戻すと。
「結局、まだ私はホノル村にまだ一度も戻ってないの、だから、亡くなった人のお参りをしようと思ったの」
「なるほど……」
お参りか。ヘレンさんの弟さんが喜ぶだろうな。彼は成仏したみたいだったが、また会えるだろうか?
「アル君? どうしたの?」
少し思考に没頭し過ぎたためか、ヘレンさんが俺の顔を覗きこんできた。
「いえ、何でもないです。それじゃ、早速向かいましょうか」
「ええ」
俺たちは、予定より早めにホノル村に向けて出発すべく、門をくぐった。
ホノル村までは馬車で二日の道のりなので、″普通″に向かえばかなり時間がかかる。
そのことを俺は覚悟の上だったのだが……。
「じゃあ、そろそろ力を使いましょうか」
「え?」
王都からある程度離れた辺りで、ヘレンさんが突然そんなことを言うので、俺が疑問の声をあげたと同時に、ヘレンさんの背中から翼が生えた。
「アル君なら着いてこれるでしょ? さ、行きましょ」
そう言って、ヘレンさんは風を切るような音を出しながら飛んでいってしまった。
……そういえばヘレンさん、飛べたんでしたね……。
ってか……。
「ちょ!? 待ってくださいよ!!」
俺はすぐさまヘレンさんの後を追った。が、俺は出遅れたので、ヘレンさんにはまだ追い付けそうにない。
「こうなったら……スキル<高速移動>!!」
久々にこのスキルを使うが、このスキルを使えばヘレンさんにも容易に追い付けるだろう。
そう思っていた。だが。
「……嘘だろ!? ヘレンさんどんだけ早くなったんだよ!?」
まったくヘレンさんとの距離が縮まらなかった。それほどまでにヘレンさんが早いのか。と思ったのだが……。
「いや……俺の<高速移動>が発動してない……のか?」
現に、景色の流れる速度が変わらないし、受ける風の強さも変わっていない。
どういうことだ? なんでスキルが使えなくなってるんだ?
ヘレンさんを追いかけながらも思考を続けてはみるが、まったく原因がわからなかった。
「……ま、別に今焦って考える必要無いか」
今はヘレンさんの用事が優先だ。考えるのは王都に帰ったあとでいいだろう。
だからまずはホノル村まで走ることだけを考えよう。
俺はこの思考を切り捨てると、ヘレンさんを追いかけることだけに集中し始めた。
しばらく走っていると、だんだんとヘレンさんとの距離が縮まってきて、ようやく横に並ぶことが出来た。
「ヘレンさん! ちょっと速くないですか!?」
飛んでいるヘレンに並走する形で話しかけると。
「その速さに追い付けてるアル君がそれ言うの?」
と、呆れたような声で言われた。
だが、実際にかなりの速度で走っているのだ。この調子なら昼前にはホノル村に到着出来るだろう。
「このままのペースで大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
本当のところ、ちょっと辛いものがあるが、疲れたときは少し休憩を挟ませてもらおう。
そう心に決めて、俺はヘレンさんの横を並走し続けたのだった。




